冷たい人【恋愛のほう短編】

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 俺と梨穂子は小中学校の学区が同じだった。そのうちの半分くらい同じクラスだったけど、学校にいる間に梨穂子と話すことはほとんどなかった。日直だとか、係だとか、話しかける必要があって話しかけてもおかしくないときだ。  俺と梨穂子は性別が違うから、もしそれ以外の用事で親しく話しかけでもしたら揶揄われるだけだし、それでよかった。けれども放課後、帰り道でたまに会った。  会って何をするというわけでもない。  俺はずっと帰宅部で、授業が終わってしばらくしたら、毎日だいたい同じルートで寄り道しながら、梨穂子と会えないかなって少しだけ期待してゆっくり家に帰るのが俺の日常だった。 「今帰り?」 「ああ」 「暇? ちょっと聞いて欲しいことがあって」 「いいよ。俺も暇だし」 「この間3組の子がさ、廊下でね」 「うん」  梨穂子が俺に用がある時はその帰り道の途中で俺を捕まえたから。あの公園で文句を聞いたり買い食いをしたり、ごくたまにそのままどこかに遊びに行くこともあった。  でもそれだけ。頻度もそんなに多くなかった。ごくたまに。でもそれだけで、俺は梨穂子が好きだった。  一緒に行ったところはだいたい覚えている。  雪の降り初めの白い公園に足跡をつける梨穂子。  すっかり日が落ちるのが早くなってオレンジ色の中に浮かぶ影法師みたいに分かれ道で手を振る梨穂子。  熱い夏にかき氷を食べに行こうと遠出して結局帰りも汗だくになったことに不満を漏らす梨穂子。  梨穂子。好きだ。  でも、これでいい。このままで。  たまに話して、たまにどこかに一緒にいって。『幼馴染』という名前のついた、どうとでも言い訳ができて、だからこそ気軽な、そんな微妙な関係性。それ以上でもそれ以下でもなく。  でも、それでいい。梨穂子の人生にちょっとだけ引っかかっていれば、それで満足なんだ。俺の中の『秘密』という言葉が俺にそう囁く。俺が『秘密』を保管するからこそ、この関係は細々と続いている。  そもそも梨穂子が俺を好きになるとは思えない。俺はただそこにいるだけで何の役にもたっていない。思い返せばアドバイスの1つもしていない。俺から何かのアクションを起こすことでこの関係が壊れるのが怖かった。もし壊れてしまったら。そう思うと俺は何もできなくなる。  高校生になって梨穂子はますますかわいくなった。だから梨穂子がそのうち誰かを好きになって、その誰かと付き合うようになるんだろうなと思って、でも仕方がないと思ってた。  それでも将来何かあったときに、もし俺を思い出してくれて、俺に文句を言いに来て、それでまた去っていってくれればいい。俺の存在が梨穂子の中で意味がなければないほど、きっと意味なく話しかけてくれそうな、そんなことを期待してた。玄関においた写真をたまにふと見るような。『幼馴染』っていう微妙な関係が梨穂子の記憶に小さく引っかかっていればそれで。  そう思ってた。  けれどもそれは随分先細りなことも、いつのまにか感じていた。直視したくはなかったんだ。
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