Interlude

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Interlude

 夢を見た。そうして夢の途中で跳び起きる様に目を覚まし、僕はすぐにベッドの隣、そこにいるはずの彼――ゼロを探した。予想に違わずと言うべきか、そこにもちろんゼロはいて、僕はすぐに今見ていた夢のことなんて忘れてしまいそうになって。 (……気持ち良さそうに、寝てるな)  相変わらずゼロは。そう零しそうになって、そっと口を噤んだ。眠りを覚ましては申し訳ないからと、静かに深呼吸してみる。隣にゼロがいて、寝息を耳にしているにも関わらず、動悸はなかなか治まってくれなかった。  窓の方を見やる。月明かりの照らす窓際に、一つ時計が置かれている。見れば、針は二時を少し回った辺りに位置していた。まだまだ夜が明けるには遠い。 (……あぁ、そうだ)  散歩しよう。そう思ったのは、きっと偶然なんかじゃなく。  ただ、今の僕をゼロに見られたくなかったから、だと思う。 「……やぁ、こんな時間に珍しい客だ」  聞きなれた声は少しの驚きと、好奇に満ちている様に聞こえる。僕は苦笑しながら友人の彼に挨拶した。アポロという名前の彼は、僕らが住んでいる家から二十分程度歩いた街の郊外に、一人陣取って暮らしている。  パチパチと音を立てる焚き木を突きながら、アポロは向かいに座る様言った。僕はそれに従って、彼と対面する場所に置かれた丸太へ腰を降ろした。 「いきなり押しかけてごめん。ちょっと眠れなかったんだ」  僕がそう言えば、アポロは楽しそうに笑って見せる。そんな日もあるさと言って、火の上にかけられていたヤカンを手にする。手近なリュックからマグカップを一つ取り出すと、彼はホットミルクを作って僕に渡してくれた。 「君がわざわざおれの所まで来たということは、何か話したいことでもあるんだろう。夜はまだ長いんだから、ゆっくり話していこうや」  僕は肩を竦めて見せてから、頂いたホットミルクを口にした。柔らかい匂いと温かさが体中を包んでくれる。いつ飲んでも、すごく安心する味だ。  僕は暫く、ミルクの温かさと夜風に身を委ねながら、何から話せばいいのか考えていた。    *  少しだけ、彼――アポロのことを話しておこうと思う。アポロは僕より少しだけ年上の少年で、僕よりもずっと多くこの世界のことを知っている。それは彼の元々の生活に端を発するものなのだけど、それについてはもう少し後で話そうか。とにもかくにも彼と僕らは、この街で出会って、そうして友人になった。  最初の出会いは中々に印象的だった。街の公園で子ども達に囲まれる彼を見かけて、ゼロと顔を見合わせたっけ。何か怪しい格好の男が、少年少女達を相手によく分からないことを話している。傍から見ると不思議な光景だった。 「何かあったら、困るからさ」  少し様子を見ていようか。ゼロのその提案で、僕らは近場のベンチに座って彼の声に耳を傾け始めたのだ。  寄ってらっしゃい見てらっしゃい、みたいな言葉が遠くにいてもよく聞こえる。それに連れて子ども達が彼の周りに集まる。彼の口から言葉が発せられ、子ども達が湧きあがる。  よくよく聞いてみると、彼が語っていたのは物語だった。  色々な話があった。火の神を探す旅人の話や、紅の姫君と呼ばれたお姫様の話。中でもゼロが気に入ったのは砂でできたクジラの話で、それには彼の話を聞く子ども達も熱心に耳を傾けていた。そしてそれが最後の話だった様で、話を終えると子ども達は残念そうに散っていった。  一人残った彼の背に、ゼロが声をかける。 「お話、面白かったです」  僕らに気付いた彼は、振り返りながらはにかんで見せる。僕らが聞いていたのは気づいていなかった様子で、小さな子ども以外に聞かれていたのが恥ずかしい様だった。 「いやぁ、やっぱり子ども達相手だと素直に聞いてくれて楽なんだよね。これが大人相手だと、なかなか上手くいかなくてさ」  僕がその理由を聞くと、その答えとして彼は、自分の素姓について簡単に説明してくれた。元々彼は旅の民族で、世界中色々な場所を旅して回っていること。その旅の目的というのが少し特殊な物で、旅先で出会う人々からはあまり歓迎されないのが常なのだということ。今は彼一人で色々な場所を見て回っているのだということ。 『歴史を見て回るのがおれの仕事だ』と彼は言った。 「普段はそうだな……災禍の民って、呼ばれてるんだけど」  知らない? そう尋ねる彼に、僕らは二人して顔を見合わせた。聞いたことがなかった。後から知った話だけど、彼の外套を見て普通の人々は判断するものなんだとか。  彼が苦笑する。それだけ僕らの反応が珍しいものだったのかもしれないけど、理由はよく分からなかった。 「それで、この街にはどんな用で?」  大それた名前があるのだからそれなりの理由があるのかと思ったが、彼は片手をひらひらと振ってそれを否定して見せた。 「いや、この街に来たのはおれの個人的な願望からなんだ。大した理由ではないんだけど」 「と、言うと?」 「この街にさ、残ってるって聞いたんだよ」  そう言って彼は少し視線を上げる。僕らもつられて振り返れば、そこには街の中央に聳える時計台の姿があった。少しだけ色の褪せた金色の時計台は、この街の観光スポットの一つでもある。  彼はこれを目当てにやって来ただろうか。 「時計台を見に来たんですか?」 「それもある。君達この街の人? だったら、教えて欲しいことがあるんだけど……」  そう言って彼は、僕らの想像していなかった疑問を投げかけて来たのだ。 「双王の遺跡って、どこにあるの?」    *  少しだけまどろみかけたところで、僕は口を開いた。 「変な夢を、見たんだけど」  対面に座るアポロが口元を緩め、そっと首を傾げる。僕はそのまま言葉を継いだ。 「いつも君が話してくれるみたいに、一つ話にできないものかな、と思って」  どうかなと聞くと、彼は腕を組んで黙りこくった。そのまま暫く考える様にしていたかと思うと、徐に「いいよ」と告げた。 「聞いてみないと分からないけど、面白そうな夢だったら物語っぽくしてみようじゃないか」 「そう言って貰えると助かる」  僕は苦笑し、そして深呼吸を一つ。話を待っている彼に向け、僕が見た夢のことを、記憶を辿る様にして話し始めた。  それは病院の夢だった。たくさんの部屋があるその病院には重い病を患った人達が集められている。患者は共通して身体のどこか――顔や腕など――を包帯で隠しており、部屋によっては親子揃って顔も分からぬまま入院している者もいる。  そしてその病院には蜘蛛が住み着いている。人の身体に刺さる程鋭い脚を持った蜘蛛が住み着いており、患者たちを怯えさせている。  こんな状況だからきっと、医者や看護師だってろくにいないのだろう。だけど僕が見たのは、隔離された人達と、人体に刺さる棘の様な足を持った蜘蛛。その二つだ。  迷路の様な病院の中に、顔を包帯で覆った患者が何人もいる図に、僕は思わず目を覚ました。  そんな感じの夢だったと告げると、彼は困惑気味に首を傾げた。 「……すごく、変な夢だな」  苦笑しながら肩を竦める。分かっていたことだけれど、そこまでストレートに言われてしまうと、僕も言葉がない。  アポロはその間も腕を組みながら、僕の話を反芻している様だった。 「うーん、君の話をそのまま話にするのは流石に難しいけど……ちょっと似たような話をおれは知ってる。良かったらその話をしてあげようか」 「それはどんな話なんだい?」 「隔離病棟の夢魔の話だね」  一瞬、夢魔が何か分からなくて眉を顰めてしまった。そんな僕に気づいてか、彼は続けてこう説明してくれた。夢魔は人の夢を喰らう生き物。時には人に幻覚を見せることもあるのだと。 不思議な生き物がいたものだなと思った。 「以前君に初めて出会った時、僕は君に『歴史を見て回るのがおれの仕事だ』と言われた気がするんだけど、その夢魔というのにもあったことがあるのかい?」 「まさか。夢魔は空想上の生き物だから、おれは見たことも聞いたことすらもないよ」 「……相変わらず、話を作るのが好きなんだね」  呆れ気味に僕がそう返すと、彼はにへらと笑って頷いて見せた。 「良かったら聞いておくれよ。当然の様におれが作った話だけれど、気に入って貰えれば嬉しい」  隔離病棟の夢魔。そう言って彼は語り始めた。    *  その夢魔はいつも一人だった。時折人の夢を喰らい、そうして生きてはいたけれど、けして二度同じ男の元へは行かない。そう心に決めて生きていた。周りはそんな彼女を変だと言い、すぐに別の男へと転々としていく彼女を侮蔑した。それでも彼女は、生き方を変えようとはしなかった。彼女自身が、そう決めてずっと続けてきたことだから。その信念故に、彼女はいつも一人だった。  その日も彼女は、夜の馳走を探してあてどもなく彷徨っていた。そうして彼女が辿りついたのは、とある古ぼけた病院だった。周りに建物すらない場所で、ひっそりとその病棟は立っていた。不思議な場所だと思い中に入ってみると、そこには子どもから大人まで、たくさんの患者で溢れ返っていた。  彼女は暫くその病院内を見て回った。そうして彼らの身体に不自然な発疹があることに気付いた。どうやら流行り病に苦しんでいるらしく、皆先は長くないのだと、医者が語っていた。  ふらふら彷徨っている内に、ある病室へと辿り着いた。そこには一人の男がいた。彼女は静かに眠る男の顔を見て、今日はこの男の夢を頂こうと決めた。男の腕には、他の患者と同じ様に発疹が浮き上がり、病に臥せっていることを感じさせている。きっと先は長くないのだろう。  早速彼女は、彼の夢を覗きこんだ。小さな女の子と、髪の長い女性が映った。それが男の家族だと気づくまでに、それほどの時間はかからなかった。やがて病床に伏せる前の姿と思しき男が現れ、三人で幸せそうに過ごし始めた。幸せそうな姿だ。病で離ればなれにされたのだろうかと思っていると、やがて夢はその続きを映しだした。  幸せな家族を引き裂いたのは、一枚の手紙。男はそれを受け取り途方に暮れた。娘と妻を置いて出ていくことを強いられ、やむなしに男はそれに従った。銃声と土煙りに塗れる惨状の中、男は必死に生き続けやがて平穏を得た。命からがらに帰郷したはいいものの、そこに娘と妻の姿はなかった。  夢がそこで途切れたので、彼女もそっと閉じていた目を開く。男が目覚めたのだろうと思い見やれば、案の定男は目を瞬かせ虚空を仰いでいた。やがてその双眸は彼女に向き、男が静かに口を開く。「どなたですか」と。  夢魔は言葉を失い、そうしてすぐに部屋を飛び出した。人間から声をかけられたのは初めての経験で、思わず逃げ出してしまった。院内の他の患者の目には彼女は映っていない様だったが、それでも身を隠す様にして病院を抜け出した。  外に出ると、彼女は壁を背にする様にして、そっと地面に座りこんだ。足が何故だか竦んでいた。あれは聞き間違えだったのだろうか。実は自分以外の誰かがあの部屋にいたのではないか。考えども考えども答えは出なかった。そうして彼女は迷った。再びあの男の元へと戻ってもいいものかと。今日の獲物と決めたは言いものの、先ほどのことが気がかりで、少しばかり躊躇ってしまっていた。  きっと、勘違いに違いない。そう思いなおして、彼女は再び男の病室を訪れた。彼女の姿は見えるはずがないのに、男は彼女が入ってくるとそっと彼女に目を向け、優しく微笑んで見せた。「先ほどは驚かせてしまったかな」と言い、あどけなさの残る顔で笑って見せる。その目は完全に、彼女の姿を捉えている。  彼女は努めて冷静に、人間の女と変わらぬ様振舞ってみることにした。彼のベッド脇にある椅子に腰かけ、見舞いに来た風を装った。男は暫し彼女を眺めていたが、やがて小さく頷いて目を瞑った。彼は何も言わなかった。 「私が何者か聞かないのですか?」  彼女はそう尋ね、男の返事を待った。男は返事をする代わりに彼女を一瞥し、小さく笑った。彼女が困惑していると、ようやくその口を開く。 「先ほど夢に貴女が出てきたものですから」  男はそのまま続ける。 「私が憶えていないだけで、どこかでお会いしたことがあるのでしょう」  彼女は少し逡巡してから、小さく頷いた。この病院の近くにある街に住んでいると告げた。彼は得心のいった様に頷き、「そうでしたか」とだけ告げた。  男と彼女は少しだけ話をした。病のことや、彼の家族のこと。街のことを聞かれたので、そこは無難に受け流した。そうして、先ほどどんな夢を見ていたのかと聞いた。妻と娘に出会えましたと、彼が言った。 「故郷に置いてきて、そのまま二度と会うことはありませんでした」  男は遠くを見つめる様にしながらそう言い、言葉を続ける。 「夢の中でだけ、私たちはまだ家族でいられます」  言葉の意味と、先ほどの夢とを思い返しながら、彼女はその真意を悟っていた。娘と妻のことを思い故郷を後にした彼は、結局その両方を失うだけの結末を迎え。  そうして、今死の淵に立たされている。  彼女は、少しばかり自分が沈んでいることに気付いた。いつの間にか男は目を瞑り、寝息を立て始めていた。恐らくもうあまり身体はよくないのだろう。彼女は男の寝顔をじっと眺め、それから立ち上がった。  もう一度、彼の夢を覗き込んでみる。  同じ夢を見ていた。そうして同じ道筋を辿っている。再び、娘と妻との元へ帰っては、絶望する未来を生きようとしている。  そればかりでは悲しかろうと、彼女は思った。  娘と妻の死に行く夢を喰い、新たな夢をそこに加えた。故郷で無事に育っていた娘と、ずっと彼を待ち続けていた妻と。再び三人で生きるはずだった未来をそこに加えた。  夢がやがて終わりを迎える頃、彼はそのまま息を引き取った。彼女は彼の安らかな笑みを見送り、その病院を後にした。  彼女はいつも一人ぼっちだった。二度と同じ男の元へは行かず、一度きりの夢喰いを続けている。そんな彼女を周りは変だと言い、忌み嫌う。  だから彼女は、いつも一人ぼっちで泣いている。    * 「……と、いう話」  彼はそう言って話を締め括り、僕を見やって微笑んで見せた。 「どうかな? 実は最近考えたばかりの話だったんだけど、上手く出来てると思う?」  僕の言葉を心待ちにしているらしい彼に、思わず苦笑を漏らす。「良かったよ」と告げ、続けて言葉を漏らす。 「僕の夢とは、そんなに似てなかったね」 「あ、気づいた? 隔離病棟ってとこは一緒だから、見逃して欲しいな」 「いいよ、面白い話だった。……聞いてて考えさせられる話だったね」  何故男は夢魔を見ることができたのだろう。夢魔が男の元に戻ったのは何故だろう。色々と分からない所もあったと告げると、彼はたははと笑って、改善してみると言った。 「こうやって人に聞いてもらうことで、おれの物語は少しずつ完成していく。また今度は、連れも一緒に聞きに来てくれると嬉しい」 「そうさせてもらうよ」  それじゃあそろそろ。お暇しようとして立ち上がると、彼も釣られて立ち上がる。大きく伸びをしてから、楽しかったと告げた。 「ミルクごちそうさまでした。今度はゼロも連れて、お邪魔するよ」 「いつでも待ってるよ。……あぁ、それと」  最後に一つだけ。アポロはそう言って、少しだけ真剣な面持ちになる。僕は少し怪訝に思いながら、「何?」と聞き返した。  さっきの夢のことだけど、とアポロが言った。 「病院、見知らぬ人……患者、そして蜘蛛と、棘に刺される。どれもこれも、何か不安なことがある時に見るもんばっかだ。わざわざこんな夜中に来たことといい、最近何かあったのか?」 「――……さぁ、どうかなぁ」  はぐらかしてみると、アポロはいつも通りに軽妙な笑みを見せた。 「無理に言えとは言わないけどさ」  何かあったらいつでも話しに来るといい。そう言ってにへらと笑う。僕は曖昧に微笑み返して、ありがとうと述べた。 「また次の機会に。……きっと、そう遠くない内に、また君の力を借りる時が来ると思うから」  その時はよろしくね。それだけ告げると、僕は彼のもとを後にした。  月明かりが見守る帰り道。コツコツと、自分の足音だけを聞きながら歩く。少しだけ肌寒い空の街の中で、僕は先ほどの彼の言葉を反芻していた。不安なことがある時に見るもの。 (やっぱり、そうだった)  実のところ、彼に会いに行ったのはその言葉が目的だった。僕が最近感じているものの正体を、彼に突き止めて欲しかった。そうして、それを確かな言葉にして欲しかったのだ。彼はいつだって、僕に確かな言葉をくれるから。 (……『最近何かあったのか』、ね)  そうだねと、一人僕は首肯する。そうだね、確かに『何か』あったんだ。それは僕とゼロの間で起きたことであって、まだ彼に説明するつもりはないけれど。  一つだけ、分かることとして。 「僕はそれに、不安を抱いてるんだなぁ」  夜道で一人呟いてみる。声は闇に消え、やがてまた静寂が訪れる。ゼロには言えそうにないなぁと。何となく思った。  途中から小走りになって帰る。玄関の戸をゆっくり開いて、中に入る。奥のベッドの見やれば、ゼロはまだちゃんと寝ている様だった。安堵しつつ僕も、ゼロが寝ているベッドに向かう。毛布に包まっているらしいゼロの横に転がり、僕用の毛布に潜り込んだ。  暫くそうやって目を瞑っていた。程良く身体は疲れていて、先ほど飲んだミルクもあって良く眠れそうだった。うとうとしだした頃、不意に背後から何かが伸びてきて。  グイッと抱き寄せられた。  すぐにゼロだと気づく。今ので眠気が飛んで、むしろ突然のことに心臓がバクバクしていた。背中から伸びる腕は僕の腰の辺りから滑りこんで、ぎゅうっと抱きしめて放さない。寝ぼけているんだろうかと思い確認しようにも、ゼロの顔は僕の背に埋められていてよく見えなかった。 「……どこ行ってたの」  掠れた声が聞こえて、ようやくゼロが怒っているらしいことを知る。僕はゼロの方を見ない様にしつつ、散歩に行っていたのだと言った。そのまま質問は続く。どこまで行っていったのか、誰と会っていたのか、どんな話をしていたのか、何も危ないことはなかったか。普段僕がゼロにしてる質問みたいなことばかりで、思わず苦笑が漏れた。 「ちょっと、怖い夢を見てさ」  それで夜風にあたりたくなったのだと僕は答えた。それは嘘偽りない事実だ。それでも、その答えはゼロにとっては少し不満だった様で、ボクも連れていってくれれば良かったのにと言って押し黙ってしまった。  あまり身動きも取れないので、暫くそのままでいた。ごめんと言ってみたら、ゼロの返事はなかった。微かに寝息が聞こえてきて、そのまま眠ってしまったらしいことが分かった。再び苦笑した。 (……誰かの息遣いを感じる夜は、こんなにも)  落ち着くのに。それは嘘じゃない。だけれど、今日ばかりは少し違った。大好きで、いつも一緒で、だからこそゼロには言えなかった。僕の見た夢のこと。ありきたりな夢なのに、僕がすごく怖かった夢。中身なんて言えそうになかった。 (いつかは、そうなるって分かってるはずなのにね)  いつか大人になったら、きっと僕らは今のままじゃいられなくなるって。そんなことは分かっているはずなのに、それは僕にとってとても恐ろしい悪夢なんだ。 (……もう少し、このままでいられたらいいな)  こうして、ゼロが僕のことを誰よりも好きで……ゼロの中で僕が一番であれる日がまだ続けばいいと。  心許ない願いを、僕は今日も持ち続けている。    * 『双王の遺跡って、どこにあるの?』  今になって、彼の言葉の意味を僕らは知った。あの時はまだそれが何か分からなくて、返せなかった答え。 『この街は、神話の残る街って聞いて来たんだけど』  彼の言葉をそっと反芻する。彼はあの時、僕らにその話をしてくれた。その話自体は聞いたことがあったけど、まさか本当だとは思ってなかった僕らは、その時分からないとだけ返したっけ。 『まだ、見つかってないのかな』  アポロは少し残念そうだった。それでも彼はその後この街に住み着いたし、今もまだ目的の物を探しているんだと思う。  二人の王と、彼らが遺した祭壇と。そうしてゴーレム達の街。  僕らが見つけた不思議な街。 (――きっと、そう遠くない内に、また彼の力を借りる時が来る)  曖昧なことを言ってお茶を濁して来たけど、僕の予想ではそれはやがて現実になるはずなのだ。  もう少し、ほんの少しだけ、先の未来で。
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