Episode,1

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木元 萌歌(きのもと もか)。】 名を呼ばれた。まるで全身に視線が突き刺すようだ。あらゆる方向から観察されている。 下を向いたら負けてしまうと、唇をキュッと引き締め、周囲を見渡してやった。 沈黙の中で、1秒、2秒……5秒、10秒…… 時計の針が刻む音が響いた。 そこへ、バサッと大きな音を立てた者がいた。何を話しているのかは聞こえないし、言葉も知らない言語で意味不明だけど、その者に非難中傷を向けたのはわかった。 ゆっくりと滑降して、目の前に置いたキャリーカートに鎮座した。 ーーー鳥だ。 梟?いや耳のような部位があるからミミズクかもしれない。空中で光を描くように降り立つ姿は美麗だった。いつか飛翔する姿も見たいと呑気に考えていた。 〔吾が守護となろう〕 直接脳裏に響いた声。落ち着いた低音に全身の緊張が緩んだ。 話しかけてくれたことが素直に嬉しかった。 「ありがとう。わたしは萌歌。あなたは?」 「吾は灰色の風遣い、シヴァだ。」 「よろしくお願いします。」 フワッと双翼を広げたシヴァが、わたしの右肩から突き出たリュックサックに止まった。 一層ざわめく周囲を物ともせず、わたしたちは大きな扉を開け放った。 「うわぁ…」 まるで画像でしか見たことがない素晴らしい情景があったのだ。広大な大地がわたしたちを歓迎しているみたい。 ゆっくりと左から右へ180度を見回した。 「清々しい。」 目の前には川が流れていた。塗装されていない、なだらかな道なりが続いている。 下には地平線の彼方にキラリと光るもの。海だろうか。眩しくて思わず目を細めて眺めた。 見上げた頭上には、視界も遮るように木が連なっていた。 「一週間、生き抜いてみせるわ。」 「その意気だ。先ず一つ目の選択だ。どの道を征く?」 小さく見える人影は、南下していくのが窺える。きっと海を目指すのだろう。皆が行く道よりも、誰も踏み入れない茨の道こそ勝機があると思った。 幸いリュックサックの装備は秋冬用だし、陽気で乾燥する春夏の気温には厳しいだろう。寒さより暑さが苦手だし。 「シヴァは平気?」 左指を北上に示してみせた。 「吾は灰色。白にも黒にも順応する。寒い地域でも凍えることはない。」 「実はテントも寝袋も冬対応なの。シヴァさえ大丈夫なら北上してみたいわ。」 「承知。では出立だ!」 羽音を立てて舞い上がったシヴァが、孔を描くように一周する様に、羨望の眼差しを向けた。 シヴァが先導してくれるのならば心強い。左手に握ったキャリーカートを勢いよく押しながら歩き始めた。
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