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レッスン場に一人、帰り支度をしていた彼に声をかけた。ぎょっとして振り向いた彼は、すらりと背は高いものの顔立ちはまだあどけない。突然宙から現れた見知らぬ男に対して、完全に理解が追い付いていない様子だった。それもそうだろう。この世界から魔法と呼ばれるものが失われて既に数千年以上が経過している。超能力でもない限り、密室に突然人が現れるなど不可能であるはずなのだから。
「ああ、突然すみません。私は、いわゆる死神というものです」
警戒して一歩後ろに下がった彼に対し、私はうやうやしくお辞儀をして見せた。
「あなたのお命を頂きに参上致しました。三日後、あなたは私の手で永遠の眠りにつくことになります」
「死ぬ……三日後に」
「ええ、残念ですがそれがあなたの運命です。まだお若いのに、残念でしたねえ……」
動揺した様子で、紫色の瞳を泳がせるルージュ。さあ彼は泣くだろうか、怒るのだろうか。あるいは、死神なんて信じないと自分の存在を突っぱねるだろうか。
まだ十七歳。国民アイドルの頂点に君臨する男。手に入れた栄光全てが、あと三日でなくなってしまう。それを知って、ショックを受けない人間が一体どこにいるだろうか。
しかし、彼は。
「……そうか」
やがて自らを落ち着けるように一つ深呼吸をして、こう告げたのである。
「だったら。明日のオンライン・ライブまでは……仕事ができるってことだな?」
私は驚いた。死への恐怖がゼロな人間などほとんどいない。あまりにも凄惨な環境に置かれすぎて、その恐怖が限りなくゼロに近づいている人間はいるが――彼はそうではない。欲しいと願って手に入らないものがほとんどないような、そんな世界中の人気者である。それなのに何故、こうもあっさりと自分の存在を信じ、運命を受け入れることができるのか。
唖然とする私に、彼は笑ってこう続けたのだった。
「なあ、三日後ということは。君はそれまで俺のそばにいたりするのだろうか」
「え?……ええ、まあ。それが私の仕事ですし」
「そうか。……だったら、君はこのオンラインライブのために雇ったアルバイトスタッフということでもしておくか。いや、すぐ近くにいるのならマネージャーとかってことにしておいた方がいいなあ」
「はい?」
「おいおい、俺が誰だかわかってて声をかけたんじゃないのか?」
眉をひそめ、どこか呆れたように言うルージュ。
「国民的アイドルの俺のそばに、突然見知らぬ人間がくっついて歩くようになったのを目撃されてみろ。君は、完全に不審者扱いになるけどそれでいいのか?」
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