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「……初めてですよ。死神を荷物持ち扱いしてきたバカは」
「お褒めに預かり光栄だな。あ、ちなみに次の駅で降りたら乗換だ。近くにホテルが取れなかったものでな。駅からは徒歩だから頑張ってくれ」
「ええええ……」
おい待て、どうしてこうなった。私は頭を抱える。いや、両手が荷物でいっぱいのせいで抱えることもできない状態なのだが。
現在、自分とルージュは電車で移動中。まさか世界的人気アイドルが、マネージャーに自家用車で送ってもらうこともせず電車を使っていようとは。
確かに、自分は“三日後に死ぬまでは彼のそばにいる”と宣言したが。その自分の姿は、一般人にも見えるというのも確かなことだが。だからってこうも体よくパシリのような扱いを受けるだなんて、一体誰が予想しただろうか。
「あんまり人を無下に扱うと、すっごく痛くて苦しい死に方にしますよ。いいんですか」
私がジト眼になって言うと、彼は。
「それは困るなあ。誰だって痛いのは嫌だし」
こちらを見もしない。携帯電話で、楽しそうに妹にメールを送っている。どうやら、彼はたった一人の家族をそれはそれは大事にしているらしい。このシスコンめ、と心の中で毒づいた。
「今シスコンって思っただろ」
すると、私の視線に気づいたのか、ルージュはやや憮然とした顔で振り向いてくる。
「否定はしないけどな。ネイビーは可愛い。世界一可愛い。どんなお姫様より可愛い俺の妹だ。以上」
「否定しないどころか爆発させるんですか……」
「事実は事実だからな。……なんといっても俺にとっては妹というより……実質、娘のような存在だ」
娘のような存在。
先ほどちらりと見た金髪紫眼の少女の顔を思い出した。年は七歳くらいだろうか。十歳も年下だと、そういう気分にもなるのだろうか。両親がいない、という話は既に聞き及んでいたが。
「俺とネイビーの両親は、死んだわけでも俺達を捨てたわけでもない。逆だ。俺が、十歳の時に両親を捨てた。暴力ばかり振るう酒浸りの連中で、俺達をろくでもないとこに売り飛ばそうとしているのがわかったからな。家を飛び出して以来、俺はあらゆる手段でお金を稼いでネイビーを育ててきた。……アイドルとしてスカウトされて、あの子に何不自由ない生活を保障できるようになったのは、ごくごく最近のことだけどな」
ゴトンゴトンと微かに揺れながら動く電車。駅が近いからだろう、だんだんと速度が落ちている。夜景が見える窓には、ルージュの何ともいえぬ笑顔が映っていた。寂しそうにも見えるし――それ以上に、何かを慈しむような笑顔。
この時私が思ったのは、“失敗したかもしれない”だった。この少年は、自分の死を悲しむ様も悔しがる様も見せてくれない。そのくせ、この妹への愛情。彼が命と引き換えに、何を望むのかなんてわかりきっているようなものである。
「……命と引き換えに、一つだけ願いを叶えてやる。私はあなたにそう言いましたよね、ルージュ」
なんともくだらない。
「つまり、あなたは命と引き換えに、妹さんを幸せにしてほしいとでも願うつもりですか?あるいは、明日のライブを成功させてほしいとでも?」
すると意外なことに、彼は押し殺したようにくつくつと笑ったのだった。まるで、わかってないな、と言わんばかりに。
「そんなこと願わないさ。……まあ、俺の願いは、明日のライブが終わってから言うよ。それでも遅くはないだろう?」
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