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全世界同時中継・同時翻訳でのオンラインライブ。ルージュ・フローライトはそんな、世界初の試みに挑戦しようとしているらしい。
きっかけは、足が不自由でライブ会場まで行くことが難しい妹に、自分のライブを見て楽しんでもらいたいため。同時に、全世界の同じような障害を持つ子供達にも、世界中の人と一緒に歌や踊りを見て楽しんでもらうためだった。
今回のライブのタイトル、およびテーマは“ハッピー・トゥモロー”。彼はこのライブ開催ために、足りない資金を自らの私財で賄っていた。勿論、彼が毎年稼いでいる金額からすれば、ほんの微々たる額に違いないだろうが。
「偽善的ですね」
楽屋でリハーサル台本の最終確認をしている彼の横で。ため息をつきながら、私は言う。
「大失敗ですよ。もっと早く、あなたの元を訪れれば良かった。このライブの前に死ぬということになれば、あなたはもっと素敵な顔をしてくれたでしょうに」
「なるほど、君は死神というだけあって、なかなか意地が悪いようだ」
「当然です。人が不幸になるのを見るのが、永遠を生きる私の唯一の楽しみなのですから。私は人間が大嫌いなのでね。人間のクソなところを見るのが楽しいし、心底安心するというものです。あなたは実につまらない」
「ふうん……」
忙しいはずの少年は、私のそんな言葉にいつも不愉快そうにするでもなく、律儀に返事を返してくる。
「つまり、死神……君は。本当は人間のことが好きになりたいわけだ」
「は?」
それでも、この答えはあまりにも予想外だった。完全に固まった私に、台本から顔を上げた彼はいたずらっこのように笑って言うのだ。
「君は、ひょっとしたら昔辛いことがあって、人間に苦しめられたことがあって……それで死神になったんじゃないのか?人間を苦しめたいと思うのは、実際のところそんな人間たちへの報復。人間のクソなところを見て安心するのは、そんな自分が間違っていないと確認することができるから。どうだ?」
私は、とっさに何も言えなくなってしまった。自分がやっていることが復讐であるなんて、全く考えもしていなかったがゆえに。確かに、自分は虐げられた過去があったからこそ死神になり、人間を嫌いになり――その大嫌いな人間だからこそ、苦しむ顔を見るのに愉悦を覚えるようになったのは確かなことだけれど。
本当は人間を好きになりたい?そんな指摘を、誰かから受けたことはなかった。
――そんな馬鹿なことがあるか。
否定しようとして、何故か言葉が出てこない。そういえば自分は何故、こんなにも人間を嫌いに――憎むようになったのだっただろう。確かに酷い扱いを受けたのは確かだけれど、もうその者達は千年以上昔に死んでいるというのに。
「どうやら、俺の推測は当たっているようだ」
ぱし、と。台本を閉じて彼は立ち上がった。
「人は、無関心の存在に辛く当たられても、そこまで傷ついたりしないものだよ。嫌いなのにいつまでも拘って、関わってしまうのは……その存在が君にとって無関心なものではないからだ。人が一番傷つくのは、好きだったものに裏切られた時だろう。君は本当は、人間のことがとても好きだったんじゃないかな」
「……そんなはずないでしょう、私は」
「俺と違って、君には永遠に近い時間があるんだろう?だったら、結論はゆっくり出せばいいさ」
まあ、もうすぐ死ぬ人間の戯言だけどね、と彼は笑った。
「俺は、君みたいに律儀で人間くさい“人間”は結構好きだからさ。ついつい、お節介を焼いてしまうんだよな」
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