ハッピー・トゥモロー

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 *** 『君が立ち上がった瞬間に 気付かずに選んでいた道  その背が教えてくれたのです 先にある光を』  ルージュは、けしてトークが達者な方ではなかった。  否、喋りがヘタというほどではないが、そのスキルだけで言うのならちょっと人気な芸人やタレントたちに遠く及ばないレベルと言っていい。  彼のライブはほんの少しだけのトークと、それ以外の時間の殆どは歌と演出だけで構成されている。休憩を僅かに挟むものの、四時間のライブでほとんど立って走って踊って歌いっぱなしというのだから凄いスタミナだ。  歌は上手いし、自分で作詞作曲もしている。けれどダンスとトークは、彼よりもっと上手い人間などいくらでもいるだろう。  彼がその“もっと上手い人間”を上回れる最大の要素は、どんな小さな演出もちょっとしたダンスも絶対に手を抜かないで一生懸命やりきること、だとインターネットには書いてあった。  今も彼は左手で魔法の杖を模したステッキをくるくる回しながら、一心不乱に歌い続けている。 『出口の無い迷路の中で 何度諦めに嗤っただろう  “救われる明日を創ればいいよ” 君の言葉が鍵だった  何処へ行けばいい? 何をすればいい?  彷徨い それでも 必死で生きて  本当の答えは きっと傍に在る  僕等はずっと抱いてた』  オンラインライブであるため、観客席に人は一人もいない。歓声も聞こえない広いライブ会場で、ただただ彼は一人きりで歌い、踊り続けている。  見えるのはカメラと照明だけ。それなのに、何故ルージュはずっと笑顔を絶やさず、疲れる様子もなく歌い続けることができるのだろうか。私は舞台袖で彼の様子を見ながら、ずっと考え続けていた。 『誰かが呼んでいる 君を待っている  世界でたった一人 君という人を  ほら耳すませて その胸で聴いて  何度でも心でこの手は繋げる』 ――くだらない。私は、誰にも待っていてもらったことなんかない。私を必要としている人なんてどこにもいないじゃないか。  ちりちりと、胸の奥を焦がすようなこの気持ちはなんだろう。  死神になって初めてだった、好き、だなんて言われれたことも――人間扱いされたことも。 『何処までも走って 何度も巡り逢おう  誰もが同じ 還る場所がある  本当の答えは ずっと傍にあった  光と闇の狭間で  本当の愛 見つけよう』  本当の愛とは、なんだろう。  自分はそれを知っていたから、人間を憎んだのだろうか。あるいはそれを知りたくて、今も足掻いているとでもいうのか。  実に下らない。もうじき死ぬ人間の戯言、まさにその通りだ。今更情など持つべきではない。何故なら一度“裁定”を下した人間の運命を変えることは、私自身にもできないのだから。 『I could know where to go.  I could know what to do….  I could know where to go.  I could know what to do….』  彼は、ライブの成功よりも、妹の幸せよりも願うことがあると言った。  ずっと考え続けている。  彼は一体、自分に何を望むというのだろう。
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