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「お疲れ様です」
「ありがとね。君が手伝ってくれたおかげで大成功だ。多分だけど」
「私は荷物持ちくらいしかしてませんがね」
ライブが終わり、撤収作業が完了し。漸く自宅に帰ることができる時間になった時には、既に終電も過ぎた時間になってしまっていた。これではタクシーを呼んで帰る他ない。
タクシーが来るまでの時間。寒空の下、私はまたしても彼の荷物を持たされて、横に突っ立っている状況である。いつまで自分に荷物持ちをやらせる気なのか。納得がいなかくて、思わずぼやいてしまう。
「最後くらい、自分の荷物は自分で持ったらどうなんですか?重くて大変なんですけど」
するとルージュはあー、と苦笑いして、告げたのである。
「ああ、言ってなかったか。……俺はもう、右手が少ししか動かないんだ」
「え?」
「左手はもう少し動くが、それも長くは続かない。ライブのダンスも、もっとハードだったのをだいぶ削らせてもらったんだ。ファンには言ってないが、全身が動かなくなって死ぬ、俺はそういう病気にかかってる。余命はあと一年らしい」
やっと、少しだけ納得ができた。彼は自分がさほど長くないことを知っていたから、自分が現れた時のショックが少なかったのである。
いや、それでも残り一年生きられると思っていた命が、いきなり三日まで縮まったのだ。動揺していないはずがないのだが。
「だから死ぬのが怖くなかった、とでも言うのですか?」
私がそう尋ねると、まさか!と彼は笑い声をあげた。
「死ぬのが怖くない奴などいるものか!俺だって怖いさ。ただ、それよりも怖いことがあっただけだ」
「それよりも怖いこと?」
「そうだ。俺は、俺のセカイが死ぬことの方が怖い。幸いにして俺は歌手だ、歌がある。それが残っていれば、俺はみんなに忘れられることがない。誰かが覚えていてくれる限り、俺は死んでも俺のセカイは死なない。セカイが消えてしまうことに比べたら、俺自身の命なんか些末なものだと思う」
今日は良い天気だった。冬の夜風は冷たいが、それでも凍えるほどの寒さではない。マフラーを少しだけ押し上げながら、少年は眩しそうに空を見上げる。都会の空の星は少ない。それでも、ゼロになったわけではない。
この眩しい町の上でも輝ける星は僅かだ。それでも見える。そこにある。――まるで自分のようだ、とルージュは言う。
「死神。お前の名前を聞いていなかった。なんていうんだ?」
「……ミオ、ですけど」
「ミオか。そうか」
この“仕事”を始めてから、名前を尋ねられたのは初めてであったかもしれない。私がそう返すと、ルージュは。
「ミオ。叶えて欲しい願いがある。……ネイビーの友達になって、あいつが死ぬまでそばにいてほしい」
開いた口が塞がらなかった。彼は今なんと言った?友達?死神の自分を、妹の友達にと?
確かに自分は、決めた相手に死の運命を引き渡すが――人間のそばにいるだけでその命を縮めるような存在ではない。それでも兄の命を奪う存在を、何故妹のそばに置こうとするのか。
「ネイビーを幸せにしてくれとは言わない。ネイビーの幸せは、あいつが決めて、自分で掴みとるべきものだからだ。超常的な存在に約束させるべきことじゃない。俺がライブの成功を願わなかったのと同じだ。ただ友達として、俺がいなくなってもあいつを独りにしないでいてくれればそれでいい」
「……そんな願いでいいんですか。他にも……」
「できることがあるって言いたいんだろう。でも、俺は“それ”がいい。あいつが自立した後で死ぬことができないってなら、俺はそれを誰かに見届けて欲しい。君なら、それを任せてもいいと思ったんだ」
ぽん、と。まだ動くという左手で、肩を叩かれた。
頼んだぞとでも言うかのように。
「だって君は。約束を破らないだろう?」
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