未熟者

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 大陸の北の端に位置するこの(げん)の国の民は、他の大陸の民に比べて極端に寿命が長い。気温の低い北国で半分こもっているような暮らしぶりから、少しずつ寿命がのびていったのか、大陸の他の民が戦乱に明け暮れて平均寿命をどんどん短くして相対的に差がついていったのか、その真偽は明らかではない。  その長い寿命の中で、何度か相手を代えて子どもを設けることもあれば、悠久の時を添い遂げて数人の子孫しか残さない者もいる。総じて、子どもの数は少ない。    うちの両親は、ラブラブの度が過ぎて、今のところ私たち姉妹しか子どもを持つ気は無いらしい。それも、私たちは物心ついた時には王宮に連れて来られていたので、実質育児期間は短いのにもかかわらず、だ。  数少ない子どもたちは、人生経験が馬鹿に長い周囲の大人たちに大切にされて育つ。他の大陸の民の子どもより、成人前の死亡率が極端に少ないのもそのためだ。決して子ども嫌いな民ではないのに、子どもが少ないとどうなるのか。穏やかな国民性は、それの賜物なのだろう。    それでも、戦乱期に難民を受け入れたり、大陸の民との婚姻を結んだりして、少しずつ民のバリエーションは広がっている。玄の民がそれぞれに持つ異能が、民同士の交わりの障壁になることがないからだ。そもそも穏やかな性格で、使う理由のない力を見せびらかすように行使するのは無意味と思っているから、普段の生活で、移民たちが玄の民に惑わされるようなことは無いのだ。  ただ、昔からそんな穏やかな関係性を築けていたわけでは無いらしい。人口の大部分を占めている異能の者たちは、元はその能力故に大陸の民のコミュニティから弾かれた者たちだ。  老賢者たちとどっこいどっこいの長寿であるシロガネは、玄の外の民に対してかなり辛辣な目を向ける。他の老賢者たちと同じく建国以来永らえているシロガネは、自らの能力故に疎まれて追われた過去を持つからだ。「外見をすっかり変える」という能力は誰が見ても明らかな分、率直に畏れの感情につながる。黙っていれば力を使っていることに気づかれないような能力とはまた、違った受け止め方をされたのであろう。  異能を持っていても、ニンゲンの国で共存してきた過去を持つクロベニは、シロガネとは全然違う見方で外を見ている。異能を持たない民を尊敬すらしているようにも思える。  いつだったか、ツキシロと一緒にいる時に「選択して得た力とそうでない力」の話を聞いた。「良い欲」と「悪い欲」の話。自分を上等な存在にする力を得ようとする「良い欲」は素晴らしいもの。自らの意志と関係なく与えられた力は「悪い欲」に染まりやすいもの。玄の民の持つ異能は、持たざる者が努力して得られるような類の力ではない。それゆえに尚更、「悪い欲」で求める者がいる。アワの国の強欲な王のことを言っていた。  「悪い欲」には決して染まるな、と。  ツキシロの力も、私の力も、自分自身には使えない。ついでにいうと、自分たちの分身と言えるものにも使えない。浄化の力の落ちた夢見草にかつての樹勢を取り戻してあげられないし、壊れた時計はもとに戻せない。もし、これを求めてしまえば、これも「悪い欲」なんじゃないだろうか。  どうにもならないものは、確実に存在する。そもそも、私たちの力そのものが、何かに逆らって有る以上、それをもってしてもどうにもならないものは、受け入れるしかない。    老賢者たちが、自分に今の仕事を与えたのも、クロベニが心を鬼にして自分を鍛えるのも、様々な人間模様を見て大局的なものの見方を養って、公の是を判断できるようになることを求めているのだと思う。「良い欲」なのか「悪い欲」なのかを見極める力を得ようと努力することは、自分を上等な存在にする「良い欲」に裏付けられたもの。  でもまぁ、難しいことはともかくも、独りよがりにならずに、みんなが幸せになれる力の使い方ができればいいな。そう思う。
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