黒鬼

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「あれ? ウツギ。どしたの?」 「んー、ハイシロんとこにが入っていったから大丈夫かなと思って」  青みがかった灰色の長い髪をゆるやかに後に束ね、薄い鳶色の瞳を心配そうに曇らせた同僚が壁に張り付くようにして立っていた。クロベニのことを「黒鬼」とはまた辛辣な。彼女は私の前任者で、今は調停員をしている。 「仕分け作業に難儀してるんだったら手伝うから、ハイシロは調書の書き直しをしてて」 「わー、ありがとう。でも、ウツギの仕事は大丈夫なの?」 「さっき、今日最後の個別聴取が終わったところ。気持ちが萎えちゃったから、ちょっと気分転換したくてハイシロのとこに来たの」  書類が山積みになった作業机に向かい合って座ると、ウツギは左手をスッと上げた。書類が一枚ひらりと浮いて、ウツギの左手に収まる。ウツギは視界に入る大きさのモノを触れずに動かすことができる。書類に触れているとだんだん水分と脂分が抜けて指先がカサカサになり、紙一枚つまみだすのに難儀してしまうこちらとしては羨ましい能力だ。 「陳情書類の仕分けは、各機関の専門性を把握してないと無理だからね。統治機関全体を理解する入口も入口なんだよ。ハイシロは上に上がる者として期待されてるから、徹底的に仕込まれてるって感じ」  んー、それってどうなんだろう?   「最初からあからさまに期待されると重いんだけど」 「ははっ。早く一人前になれって?」 「クロベニ様はすごいわー。近衛部から事務方入ってもバリバリ仕事してるんだから」 「え? ハイシロ知らなかった? クロベニ様ってニンゲンの国で司法官やってたって」  ウツギは慣れた手つきで書類を扱いながら言う。 「は? そうなの? てっきり大陸でも軍隊にいたものとばかり思ってた」  こっちは、びっくりして顔を上げた。  司法官かー。文官の経験もあったとは知らなかった。 「すごく頭いいのよ。記憶力抜群なの。老賢者様たちの発言もしっかり記憶してて、先日の会議の時、ある賢者様の発言に『矛盾がある』って突っ込みいれだして……。議事録ひっくりかえして確認したらやっぱりそうだったってことがあったのよ」
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