聾 啞 者 (ろうあしゃ)の少女

1/5
前へ
/183ページ
次へ

聾 啞 者 (ろうあしゃ)の少女

 後に事務所の人間に電話で確認すると、今日のみかんは3軒はしごで仕事をするということだった。 後部座席に座るみかんは、発車した途端、ひと言も話さなくなった。 彼女は普段から仕事の不安と不満を口にすることが多いため、この日も不安でいっぱいなのかもしれない。 「酔ってませんか?」 スバルはみかんのあらゆる体調を気遣ってそう尋ねた。 「うん大丈夫、ありがとう」 やはりその表情からは、日ごろの子育ての疲れと仕事への不安が見られる。  右折しようと、車を右端に寄せて信号の手前で停車させた。 その時、1人の少女と、彼女を複数人で囲む男たちが目に入る。 この街ではよくある話だ。 だが、何故かその様子が気になってしまう。後ろ姿しか見えないが、少女は目線を下に落とし、男らが煽っている様に見える。 「嫌な感じね」 みかんが言った。バックミラーで確認すると、彼女も同じ集団を見ているらしい。 スバルが気になったのはそれだけではない。 その少女の後ろ姿に、どこか懐かしさを覚えたのだーー。
/183ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加