第一章 花残月 

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第一章 花残月 

    (一)上賀茂神社で  はやく、はやく、夜が明けてしまう。  四月、夜明け前の京都の街は、青磁色にそまり朝もやに包まれる。もう暦の上では春。だけど早朝の空気は、凛として冷たい。  私はそんな中、長い髪を風になびかせ、自転車を力いっぱいこいでいた。顔にあたる、すきとおる冷たい風を吸い込む。鼻の奥がつんと痛い。  明日は始業式。高校生活最後の年がはじまる。どうしても、今日中に行きたいところがある。それも、人々が動き出す前に。  賀茂川沿いを北に上がる。目の前にこんもりとした、新芽が芽吹く前のくすんだ森が見えてきた。すっかり夜が明け、景色は色をとりもどす。  目的地は、京都の北に鎮座する最古の社、上賀茂神社。  自転車を朱色も鮮やかな鳥居の下にとめ、参道を歩く。静まりかえった境内には、砂利を踏む私の足音だけが、響いていた。  よかった、まだ誰も来ていない。  鳥居からのびる参道の、東側に広がる芝生。そこに年老いた枝垂れ桜が、朝日をあびて咲いていた。濃い桜色の花は、まだ満開には遠い五分咲き。  だけど、私は満開の老桜よりも好きだった。満開になると後は散るのみ。散りゆく桜を見るのはなんだか寂しい。
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