第一章 花残月 

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「なわけないやん。そのあたりに停まってた車のフロントガラスを思いっきりたたいて、泣きそうな顔して、助けて下さいって言ったら、同情して乗せてくれたわ」  まさか、目の前の可憐な少女がついさっき、男の急所を蹴り上げたなんて、だれも想像できないだろう。  砂羽ちゃんは、いつも医大生とつきあっている。  昨日は始業式であわただしく一日が終了。上賀茂神社での出来事を、砂羽ちゃんに報告するタイミングをのがしてしまった。今日こそ聞いてもらおうと思ったら、始業のチャイムがなった。                  *  昼休み、中庭の八重桜の下でお弁当を広げる。早春の冷たい風に少しふるえながら、私はやっと話を聞いてもらった。 「えーそれってナンパやろ。美月、気をつけなあかんで。知らん男に声かけるなんて」  砂羽ちゃんに言われたくないと思ったけど、だまっていた。砂羽ちゃんは私の事を、常に気にかけてくれる。  小学生の時からずっと。 「だって、絵が見たかったんやもん」 「絵で思い出したけど」  急に話を変えて、砂羽ちゃんは、
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