第一章 花残月 

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 京都には美術系の大学が何校もある。おまけに、世界の観光都市なので、国籍や年齢に関係なく、よく街中でスケッチする人を見かける。  私も美術部に所属して、美大をめざしている。なので、他の人の絵が気になる。おまけに目の前の絵描きさんは、一心不乱にという形容がぴったりな程、絵を描く事に没頭していた。  あんなに集中して描いている絵ってどんなだろう。  ムクムクと湧き上がる好奇心を抑えきれない。私はその人にソロソロと近付いていった。  あきれた事に、私が目の前に立っても気付かない。まったく桜を見ずにスケッチしている。近くで見ると、体つきから男性とわかった。  普段の私なら、絶対知らない男の人に声をかけたりしない。だけど、ここまで無視されると、挨拶してみたくなった。 「おはようございます」  おもむろに、顔を上げた絵描きさんの鳶色の瞳が私を見上げる。その瞳は、どこまでも見通すように澄んでいた。
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