第一章 花残月 

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 とまた慌てふためいた。ナンパ男たちはたいがいそう言う。  たぶん、私より年上の男性だけど、その姿はなかなかかわいい。けど、変な人。 「桜って見る人によって、いろんなイメージがわくんですね」  話がそれた事にほっとしたのか、絵描きさんはくったくなく笑い、雄弁に語り出した。 「そうなんだ。日本人は万葉の頃から桜を愛でてきたけど、そのイメージは固定されてないんだ。たとえば、能の西行桜に出てくる桜の精は男性だし、谷崎潤一郎の本に出てくるのは、男を肥料にして育つ妖艶な美女。桜は、見る人の心を映す鏡なのかもしれないな」  心を映す鏡。その言葉が、すーと私の胸にしみこむ。祖母を亡くした悲しみが、桜という鏡に映し出されていたから、今年の桜は寂しげに見えたのだろうか? 悲しみは薄まることなく、年々暗く濃く、深まっていく。  名前も知らない男性に、妙に感動させられた自分が居心地悪く、 「じゃあ、あなたの心の中には女神が住んでるんですね」  と年上の男性をからかってみた。普段の私からは到底出てこないセリフ。 「君があんまり、きれいだったから」
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