第一章 花残月 

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 絵描きさんは、枝垂れ桜を眺めながら恥ずかし気もなく、思いつめた顔で答える。  その表情が、私の心をざわつかせる。風に煽られた桜の花びらが舞い散る様に似ていた。 「やばい、時間がなかったんだ」  絵描きさんは突然叫び、画材や椅子を乱雑に一つにまとめて、私を振り返る。 「俺ここによく来るから、また会おう」  そう言い残し、どこかに風のように走りさっていった。  なんだったんだろう、今の人。表情がくるくると変わって、とらえ所のない不思議な人。でも私には、そんなの関係ない。  参拝客がちらほら歩きだした境内を後にして、自転車で帰途につく。  走りながら思い出した。結局絵を見せてもらってないことを。これでは、なんのために勇気を出して話かけたかわからない。  それにしてもああいうシチュエーション、少女マンガかよってつっこみたくなる。まさに、ガールミーツボーイ。こんなんで恋が始まるなんて三流マンガもいいとこ。私は絶対恋なんかしない。
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