回想 1邂逅

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回想 1邂逅

 私は、当時、緑の国のある集落に逗留していた。所謂羊飼いとしての役割を与えられ、集落の外れに居を構えていた。幼き頃に住んでいた村はすでになく。血縁者たちもどこへ行ったものか分からない。皆、何かしらの変化の力を持っていたが、人外全てに身を変えられるのは自分だけだった。変化するたびに体の組織が活性化するのか、治癒能力が高く、病の類とも無縁で、丈夫なだけが取り柄だった。人外に変化すれば衣食住に不自由することなく、一人でも生きてゆけないわけではなかったが、魂が未熟な頃は人恋しさに耐えきれず、時々、人里に身を寄せては厭われて旅の空に戻ることを繰り返していた。  とある時、ヒツジたちを丘の中腹に集めて夜を明かしていると、一人の旅姿の男が現れた。背嚢から植物の枝を数本生やして、大分風雨にさらされたボロな成りをしている。 「遠くから焚火が見えた。少し休ませてもらえないだろうか」  張りのある若い男の声だった。どのみち独りきりの夜明かし。断る理由はなかった。二つ返事で焚火のそばに座らせ、白湯を勧めた。 「おれはシロガネという。羊飼いをしている。旅の者か?」 「ああ。カラスと呼んでくれ」  白湯を一口飲み、「人心地着いた」と笑みを漏らした。 「今日、何か口にできたか? ヤギ肉なら分けてやれる。食っていけ」  しょっぱい塩蔵の保存肉。疲れている体には良いだろうと、串にさして焚火にあぶる。 「近頃は粥と豆ばかりだったのでありがたい」 「ははは。おれも覚えがある。軽いものしか持ち歩けないからな。それにしても……」  カラスの背嚢を見やる。 「果樹の苗か? 面白いものを商っているのだな」 「いや、この木は果樹ではない」  カラスは人のよさそうな笑みを浮かべて、背嚢から顔を出している枝をなでた。 「戯れに魂を入れてみたら、思わぬ能力を発揮したんだ。ヒトの為になるやも知れぬと、国中に植えて回っている」 「魂を……入れた?」  目を瞬いた。私の驚いた様子には気づかないようで、カラスは熱心に説明を続けた。 「驚くほどに、浄化能力が高いんだ。春になると、美しい白い花を咲かせる。満開になると、薄紅の雲のようだし、散り際は雪のようだ。少しばかりデリケートでわがままだから、人の手による管理は必要だが、それに見合う能力を発揮してくれると思う」  「カラスは、器物に魂を入れる能力を持っているのか?」 「あ……」  こちらの戸惑いに初めて気づいたという顔で、カラスは口元をおさえた。 「申し訳ない。説明が唐突すぎた。人を見ると嬉しくなってしまって、見知らぬ他人と話している意識がどうにも薄くて……」  人恋しさは自分と同じなのだなと思ったら、思わず笑みが漏れた。 「おれも変化の能力を持つものだ。 だから、集落に居てもこんな里から離れたところに住んでいる。まぁ、そちらと同族みたいなもんだな。気にするな」 「え? そうか……そうだったのか」  気恥ずかしそうに頭をかいた。屈託のない素直な言動に好感を持った。私よりまだ若いのだろうと思われた。それからは、意気投合して話が弾んだ。東の空が白み始めたころ、カラスは背嚢から苗を一つ取り出した。 「これを、植えて欲しい。見ごたえある花をつけるには五年ほどはかかるだろうが、けして手間が損にはならない美しさだ。乾いた土地には適さない。柔らかな土と水、光を好む。しまいには大きな木になるから、他の木々とは離して植えてくれ。夏には素晴らしい木陰を作る。秋には錦の葉を落とす。デリケート故に虫が寄りやすい。細心の注意を払って可愛がってやってくれ」 「ああ。わかった。ところで、この木の名は、何というのだ?」 「夢見草……そう名付けた」  そうしてカラスは再び背嚢を背負い、また次の土地へ木を植える旅へと戻っていた。
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