回想 3違和

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回想 3違和

 カラスは比較的大きな集落に住んでいた。それも、ニンゲンのパートナーとともに。夢見草の苗をもらい受けた時から、大分年月が経っていたにもかかわらず、私の顔を見るなり、カラスは顔をほころばせた。 「シロガネ! 実に久しぶりだなぁ。元気そうでよかった。今は、どうしているのだ?」  無邪気で人懐っこい様子は、昔とちっとも変わりなかった。 「例の村は離れて、北の国で気ままに暮らしているよ。カラスは、この集落で生業を得たのか。かわいらしいお嫁さんを迎えて羨ましいことだ」  カラスは大いに照れて、傍らで恐縮している娘を抱き寄せた。 「ヒスイというのだ。勿体ない位よくできた嫁さんなんだ。ここでは、木工職人として工房を構えている。もともと森に入って木を扱うのは大好きだったので苦にはならない」 「ほほう。今は幸せなのだな」  彼はニンゲンたちとうまくやっているように見えた。玄の国にわざわざ引き入れることは無いかもしれない。そう思った。  その夜、カラスの家でヒスイの手料理を肴に酒を酌み交わした。もらい受けた夢見草のその後の様子や、カラスの植樹の旅での体験譚など話題は尽きず、気分よく酒が進み、ついにカラスは酔いつぶれてしまった。無邪気な顔をして眠ってしまったカラスを寝室まで運び、食卓へ戻ると、思いつめた顔でヒスイが待っていてギョッとした。 「玄の国の話は、本当なのですか?」 「あ、……ああ」  この表情はどうしたわけだろう。ヒスイは手で座るように促し、私は恐る恐る席に着いた。 「……カラスは、とても無垢で優しい人です。いつまでも子どものようで、純真で……。」  ヒスイは、ポツリポツリと話し始めた。 「私は、その純真さに魅かれて彼と添い遂げようと思いました。……彼との生活は、とても楽しいです。本当に、大切にしてもらって……私は幸せ者だと思います。でも……」  下唇をかんで、視線を落とした。話続けることをためらって、言葉を選んでいる。 「でも……、彼は、あまりにも……あまりにも無邪気すぎるのです」  顔を上げたヒスイの目には涙が浮かんでいた。 「年端もゆかない子どもが『オレ、宙返りができるんだ。見てて!』と言うのとおんなじ感覚で、器物に魂を入れてしまいます。思いついたら後先考えずに『面白そうだ』と行動に移してしまうので、これまでも注文の品に魂を入れてしまいトラブルになることも少なくありませんでした。……お客様に、『バケモノ製造機』などと面と向かって罵倒されたこともあります。何度か、商品はそのまま卸すようにと言い含めましたが、何が悪いのか、彼が本当に理解しているとは思えません。……彼にとっての普通は、私たちニンゲンには普通ではないのです」  私は絶句した。まさか、そんなことがあろうとは。異能をもったままニンゲンと共存しようと思うのならば、少なくとも自分の異能がどこまで受け入れられるのか手探りしつつ妥協点を探るのが普通だ。しかし、彼にはその知恵さえ無いようなのだ。単独行動が長かったせいなのか、それとも、彼には導く者が居なかったのか理由は分からない。ヒスイは言葉を重ねた。 「彼は、その無邪気さゆえか、周りが何を言おうとあまり気にならないようです。でも、……でも私は……つらい……」  ヒスイの涙が頬を伝った。カラスを本当に愛してくれているのだと思った。彼を大事に思うが故、ニンゲンの社会からハブられかけているのを見るのは忍びない。彼についていることで、己も彼と同族の扱いを受けてニンゲン社会から線引きされていくことがつらい。ならばいっそ、彼の側のコミュニティに入ってしまえば、もっと楽に生きられるのかもしれない。そんな思いが切々と伝わってきた。 「ヒスイ殿の心情……理解した。ただ、玄の国は厳寒の国。住みやすい環境とはとても言えない。今、やっと冬の寒さをしのぐための王宮を建て始めたところだ。それでも良ければ、カラスとともに来るがいい。門戸はいつでも開いている。玄の国への地図を渡そう。集落は深い森に囲まれている。玄の国に来たとて、カラスが生業に困ることはあるまい」 「ありがとう……ございます」  ヒスイは私の手から玄の国への地図を受け取った。  カラス夫妻が玄の国へやってきたのは、その翌年の春先のことであった。
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