回想 5拒否

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回想 5拒否

 王宮に事の顛末を持ち帰ったが、誰しも困惑の表情を隠せなかった。あまりにも己の倫理観と外れすぎていてどう扱ってよいのやら見当もつかなかったのだ。とりあえず、本人から言い分を聞こうと王宮に呼び寄せて、国の代表である賢者たちによる聞き取りの機会を設けた。カラスは普通にやってきて、顔色一つ変えずに賢者たちの質問に答えた。「近頃はヒスイが嫌がるからやらなかった」と死姦の可能性までにおわせて、居並ぶ賢者たちを顔面蒼白にした。ただ、これらはヒスイに対する純粋な愛情故にしでかしたことで、他の者に不都合が生じる可能性は低いことは明白だったから、彼の処分にみな頭を抱えることになった。  私が仕事をおして、もっと早くヒスイ殿の見舞いに行っていたら。  カラスの住まいが、あんな町はずれになかったら。  「たら」「れば」はきりがなかった。せめて、不変の器物に魂を移せばよかったのに、なまじっか厳寒の最中、生前の姿をとどめた遺体は凍えて陶器のように白く冴え、カラスが魂をおし留めることに疑問を抱く隙を与えなかった。だが、魂が戻ったからと言え、遺体は遺体である。一度生を手放した肉体は、生命の輪廻に戻っていくのが摂理。二度と生きている者としての振る舞いはできず、ただただ崩壊していくのみである。カラスは、愛する人のあらがえない変化を見届ける中で、静かに狂っていったのかもしれない。  もう、カラス自身がしでかしたことがどうこうというレベルではなかった。しでかした後でも決して変わらない彼の屈託のなさ、無邪気さが、理解の範疇をはるかに超えた。彼は今後も変わらずこの玄の国で家具木工職人として暮らしていけるだろう。ヒスイが完全に骨になってしまったとしても、一緒に暮らしてゆくのだろう。  だが、私たちは、ダメだった。沸き起こった嫌悪感を、どうすることも出来なかった。  そして、彼を理解しようとすることをやめた。  視界から外して、見ないことにした。  ああ、これではニンゲンと同じじゃないか……。  王宮の地下に、カラス夫妻の居室を誂えた。実質、鍵のない牢屋だ。カラスは、ヒスイさえいれば何もいらない、と、地下に隠遁することを厭わなかった。  
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