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悔悟
私は今でも考える。彼が間違いを犯す前に、どうしてやればよかったのかと。一度は拒絶してしまった罪悪感から、罪滅ぼしに会いに行く。偽善なのは分かっている。今、目の前で、ソファにかけて穏やかな笑みをこちらに向けている黒髪の青年は、未だに、自分のしたことが罪であることを自覚していない。
「お前が、玄の国に来た時に、背嚢をおれにくれたのを憶えているか?」
「ああ。憶えているよ。夢見草の苗木を入れて、僕が世界中を回った時のお供だ」
ここを終の棲家にするから、もう旅へは出ない。シロガネは、新しい玄の民を探しに行くから、その時に使って欲しい。そう言って、魂を入れた背嚢をくれたのだ。
「この前、あの双子の姉妹が一緒に遊んでいたんだ。まるで、犬っころと戯れるように」
「ふふっ。まだ元気なんだ」
「大切にしているからな」
「ありがとう、シロガネ」
屈託のない笑顔を向けられる。
ああ、どうして……どうしてこうなってしまったのか。
どこでボタンをかけ間違ってしまったのだろう。
「ここにくると、シロガネはいつも泣くのだな」
「ほっとけ。おれもいい年だ」
それより、と、言葉を継いだ。
「ここの生活は不自由ないか? 何か望みのものがあれば持ってこよう」
「大丈夫だ。とても快適に過ごさせてもらっている。でも、……そうだな、ヒスイが花がないことを寂しがっていた。作り花でもよいから花があるとありがたい」
「相分かった。早いうちに持ってきてやろう。好みの花はあるのか?」
カラスは小首を傾げてしばし思案する仕草をした。
「ヒスイは、野趣あふれる花が好きなんだ。桔梗の花は用意できるかい?」
「作り花ならできるだろう」
「たのんだよ」
美味い酒だった。礼を言って、部屋を後にする。振り返ると、奥の扉から半分体をのぞかせたカラスが、無邪気に手を振って見送っていた。
扉の奥には、夢見草を切り倒してカラスが手づから設えた箱のようなかわいらしい棺がある。箱の中には、カラスの魂を移した黒々とした釉も麗しい壺があり、中にはヒスイの骨を収めてある。
そう、ここに移ってしばらくしてから、カラスはヒトであることをやめてしまった。愛するヒスイとなるべく近いところで過ごしていたい、と器物に魂を移して永遠の時を共に過ごすことを選んだ。カラスの部屋を構成しているのは、かつてカラスが魂を与えた物どもだ。私が見ていたのは、実体のないカラスの概念のようなもの。幽霊、と言った方が解りよいか。
桔梗の作り花を持ってきたら、カラスはそれにも魂を与えるのだろう。
私は秘密の部屋をあとにした。
< 終わり >
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