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秘密の部屋
玄の国、王宮の地下には秘密の部屋がある。極々一部の玄の民しか、場所も存在も知らない。王宮を作った際に設えたこの部屋には、玄の国建国前から生きている者が、ひっそりと暮らしている。大方の者が彼の存在を知らぬが故、訪れる人もなく、結果、彼は静かな生活を楽しんでいる。
その部屋に、数年ぶりに訪うた。
「来てやったぞ。シロガネだ」
古い重厚感のある調度は美しく手入れされ、間接照明で薄明るく照らされた部屋は、いつでも真夜中のように穏やかだ。やがて、奥の扉が音もなく開き、色白の痩せた青年が顔を出した。
「久しぶりだな。何か用か?」
「……ちと話がしたくなったのだ」
「ふん。座れよ。なんか飲むか?」
「ああ、頼む」
私がソファに深々と腰かけたのを確認して、青年はスッと奥に引っ込んだかと思うと、琥珀色の液体が入ったカットグラスのデキャンタとショットグラスをキャスター付きのサイドワゴンに載せて戻ってきた。
「ロックが良ければ、氷は頼んである」
言い終わるころ、小ぶりのサイドテーブルがロックアイスを満載したアイスペールと、ナッツとチョコレートの入った小鉢を乗せてトコトコと部屋に入ってきた。
「ありがとう」
青年は、アイスペールと小鉢を受け取ると、テーブルを優しくなでた。テーブルは、嬉しそうにぴょんと跳ねて左右に体を揺らすと、扉の奥に戻っていった。青年がアイストングを取ろうと手を伸ばしたので手で制した。
「いや、自分でやる」
カランと小気味いい音を立ててグラスに氷を入れると、デキャンタから琥珀色の液体を注ぐ。
「王宮に子どもが来た」
「ほう……」
向かいのソファに腰かけた青年が目を細める。
「浄化師と循環師の双子の姉妹だ」
「よかったな。単調な生活に彩ができたろう」
「浄化師の方は、消せるものがデカすぎるので夢見草を持たせた」
「ふん」
青年は興味なさそうに相槌を打った。
「王宮がここまで警戒するのは、お前のことがあったからだなと思ってな。ふと、懐かしくなって顔を見に来た」
「思い出してもらえるのは、……有難いことだな」
青年は目を伏せると、寂しそうに微笑んだ。
青年の名は、カラスと言う。器物に魂を宿す力を持っている。
私が、自らの能力故に、各地を転々としていた頃に出会った能力者だった。
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