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prologue
あの瞬間を、私はずっと忘れないと思う。
「梨木 花緒
オフィス家具営業部 第一課」
「――――え?」
「え?じゃ無い、まず返事!」
「は、はい…!」
「早く辞令受け取りに来なさい!」
ぽかんと口を開けて間抜けな声を出した私に、研修中ずっとお世話になっていた、怒ると鬼、怒んなくてもまあまあ鬼、の人事部採用チームの吉澤さんからそんな怒号が飛んで、私は慌てて立ち上がった。
一ヶ月の新入社員研修を終えて、今日は同期全員の配属発表の日。オフィス家具以外にも取り扱っている商材(家庭向けなど)はあるにせよ、やはり名前の通り、オフィス家具メーカーと呼ばれるうちの会社の売上の大多数を占める"オフィス家具"部門への配属を願う同期は、沢山居た。例に漏れずその1人である私は、特に何か秀でている訳でも無いし、有名な大学を出ている訳でも無い。「無理だよね」と既に諦めながら、人事部長が広い会議室で読み上げる配属先を、落ち込みつつ聞いていたのに。
"梨木 花緒
オフィス家具営業部 第一課"
自分の中で反芻される言葉に落ち着いた感情を添えることが出来ず、ただひたすら高揚感の中に身を置く。
ふわふわと浮いているかのように、おぼつかない足に力を入れて、先程名前を呼んだ人事部長と、怒りの声をあげた吉澤さんのところまで、何とか辿り着く。
「期待してます、頑張って」
ぺかーっと、笑顔も頭皮も眩しい人事部長は研修中ずっと優しくて、私たち同期の間でも癒しだった。私は「はい」と噛み締めるようにゆっくり返答して、差し出された辞令を受け取る。
「挨拶・返事は社会人の基本!脊髄で出来るように」
体育会系の小言で刺してくる吉澤さんの言葉も気にならないくらい、その辞令が嬉しかった。
「梨木、聞いてんの!?」
「……へ?あ、聞いてました!!」
「全然聞いてないでしょうあんた」
私の惚けた声にまた吉澤さんは怒っていたけど、今日だけは、許して欲しい。
「(……頑張ろう)」
選んで、もらえた。
――私、あの人と、一緒に働ける。
辞令を持つ手に力を込めて、心で喜びを噛み締めた。
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