キルヨさん

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「これはキルヨさんの手紙です。  キルヨさんは一人でさびしいので、なかまを集めようとしています。  この手紙を受け取った人は、一週間以内に五人の人に同じ手紙を出してください。言葉を変えてはいけません。そうしないとキルヨさんに殺されてつれて行かれます。  キルヨさんはいつもあなたの後ろから見ています。」 「令和の時代にもこんなのあるんだ~」  画面の中で岡本さんが笑っている。 「不幸の手紙って古くない? 今時はLINEとかになんか来るとかじゃないの?」 「まあそうなんでしょうけど、小中学生はまだスマホ持ってなかったりしますからね。子ども界ではまだまだ手紙が現役アイテムなんですよ」  私は手紙をくしゃくしゃとたたんだ。サンリオのキャラクターが描かれた可愛い便箋だ。 「小学校で流行ってるらしくて。いつのまにか娘のランドセルに入れられてたんですって。怖い怖いって半泣きで見せてきたんで、私が預かったんです。この手紙、お母さんが代わりにもらうからねって。こんなのイタズラだし、キルヨさんなんて本当にはいないんだから、お母さんのところで止めるからねって。そう言い聞かせたんですけど、まだ気にしてるみたいで。困っちゃいますよね」 「駒田さんの娘さんって、今何年生だっけ」 「四年生です」 「うーん、うちの子はまだ小さいからよくわからないけど、十歳ぐらいの頃って、まだそういう都市伝説とか? 怖い話とか、結構本気にする年頃なんじゃない? 学校七不思議とか、今でもあるんでしょ」 「まあ、トイレの花子さんとか、今でも有名ですしね」 「口裂け女は?」 「それはさすがに古いかも」 「ポマードポマードポマードって唱えると口裂け女がひるむんやっけ」 「ポマードは私でもわかんないですよ。ポマード見たことないし」 「私もないよ~」  岡本さんはまたあははと笑った。  私は在宅アルバイトでママさん向けウェブメディアのライターをしている。  岡本さんは編集部の社員で、私より少し年上の四十歳ぐらいの女性だ。バツイチで、幼稚園児の娘さんがいるらしい。  週一ぐらいのペースでZoomを使って打ち合わせをするのだが、明るくて軽快な関西訛りの岡本さんとは、いつもつい話が脱線してしまう。今日も、二、三日前に娘が持ち帰ってきたこの「キルヨさんの手紙」を、たまたま捨て忘れて散らかった机の上に置きっぱなしにしていたのが目に入って話してしまった。  キルヨさんというのは、最近子供たちの間で流行っている都市伝説だ。娘やその友達から聞いたところによると、キルヨさんは髪が長くて白い服を着た綺麗な女の人だが、恋人に頭を切られて殺されたので血まみれである。キルヨさんの遺体は山奥に埋められて今も見つけられないままなので、成仏できずに夜な夜な化けて出てきては子供や女を包丁で切って殺してしまうのだという。  そんな、いかにも子供が怖いと思うような女の話をごた混ぜにしたようなキルヨさんだが、最近ではさらに不幸の手紙と合体した形で「キルヨさんの手紙」となって流行っているのだそうだ。  キルヨさんは手紙を受け取った人のところに行き、いつも後ろから見張っている。だから、手紙を受け取ったら必ず指示通り五人の人に回さなければいけない。うっかり捨ててしまったり、信じずにバカにしたりするとキルヨさんが怒って後ろから切りつけてくるのだという。ちなみに「キルヨ」という名前は「切るよ」のことであるとか、「kill you」を日本語にもじったものだとか言われている。  要するに、昭和の時代も今も、子供たちの好きな怖い話というのはあまり変わらないものなのだ。 「まあ、それはともかく。えっと、次の企画なんだけどね」  そのまま話は次の原稿のことに移っていった。私は手紙を足元のゴミ箱にポイっと捨て、パソコンに向き直った。  キルヨさんの手紙、か。  ライターの駒田さんに見せられた手紙は、古典的な不幸の手紙形式のものだった。  もしかしたら何かの企画(例えばママさん向けに、子供達の間で流行っている噂や都市伝説を特集するとか、どうだろう)に使えるかもしれないし、覚えとこ。そう思って、打ち合わせを進めつつ、私は机の上のメモ帳に「キルヨさん」と走り書きした。  それにしても、こういう手紙の怖さというのは、本当にお化けが出たり不幸に襲われたりするのが怖いわけではないと思う。それよりも、不幸の手紙を受け取ってしまったという穢れのようなものを、どうにかして他人になすりつけようと五枚も手紙を書いて出す(結構な労力だ)という心理の方が怖い気がする。オカルトではなく、人の心の領域の話なのだろう。  キルヨさんについては後でどんなものか調べてみようと思う。私はこの手の話は決して嫌いではなく、むしろ結構興味がある方なのだ。  なぜなら、実は子供の頃、私は時々不思議なものを見ることがあったからだ。いわゆる霊感があるというやつだろうか。  小六の時、塾の先生のお母さんが亡くなったのでみんなでお葬式に行った。お焼香を済ませて帰ろうとしたら、先生が出口まで来てお礼を言ってくれた。その先生の斜め後ろに、さっき見た遺影と同じ顔のおばさんの上半身だけが一瞬見えた。おばさんは青白い顔で少し頭を下げるとスッと見えなくなった。  そういうことはその他にも何回かあった。どれも一瞬のことだが、街を歩いていると雑踏の中に不意に血のついた入院着を着たおじいさんが見えたり、前を歩いている人の腕が一本多くなったりした。  中でも、小四の時に見たやつは一番ヤバかった。  その頃、家庭の事情で少しの間だけ転校して来ていた子がいた。仲良くなってうちの家にも何度か遊びに来たことがあった。ある日、その子が学校帰りに一人で神社に入って行くのが見えたので、何をしているのかな、となんとなく覗いてみたのだ。  そうしたら、その子がしゃがみこんで一人で喋ったりクスクス笑ったりしていた。一人遊びしているのかな、と思って声をかけようとした時、その子の隣になんだか黒くてモヤモヤした影のようなものが見えた。その子はそのモヤモヤしたものと鬼ごっこをはじめた。キャッキャと声を上げてすごく楽しそうだった。見てはいけないものを見たような気がして、私はそっと神社を後にした。  その後、あれは何だったのか確かめる機会がないまま、その子はまた転校していってしまった。幽霊だか妖怪だか知らないが、あれは結構怖かった。  とはいえ、大人になった今では、あれらは多分全部気のせいか目の錯覚だったんじゃないかという気がしているのだけれど。 「じゃあ記事の方向性はそう言う感じですね」 「うん、いつも読みやすく書いてくれるから助かってる。よろしくね」  キルヨさんのことや謎の思い出のことを考えつつも、仕事の話は着々と進んでいた。 「そうそう駒田さん、記事に入れて欲しいキーワードがいくつかあるんで、ついでに今メモしてもらえる?」  駒田さんははい、と頷いて、画面の外にあるペン立てに手を伸ばしたようだった。真面目で人柄もいいライターさんだが、部屋の片付けは苦手なようだ。デスクの上にはいつも資料や文具が雑然と散らばっているし、後ろに映っているクローゼットの扉もいつも半開きになったままだ。 「あ、ペン落としちゃった。ちょっと待ってくださいね」  駒田さんはペンを拾うためかがんだので画面から消え、すぐにまた現れた。 「ありましたありました、すみません。じゃあお願いします」  私はすぐには返事できなかった。 「キーワードお願いしまーす」  ニコニコしている駒田さんの後ろのクローゼット。駒田さんがかがんだ瞬間に見てしまったのだ。   数センチ空いている扉の隙間に、ほっそりした青白い指がかかっていた。まるで、中に潜んでいる誰かが出てこようとしているかのように。 「あれ、固まっちゃったかな? 岡本さーん」  いや、多分気のせい気のせい、目の錯覚だ。近頃老眼だしね。 「ごめんごめん、じゃあ言うね」 「はい、お願いしまーす」  駒田さんの後ろで扉がもう少し開いたような気がした。
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