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涙の男
会社の帰り道、辺りはもう真っ暗で等間隔に立つ街灯を頼りに家路を急いでいた。
まだ冬の寒さが残る夜は特に冷え込む。
俺は無造作に首に巻き付けたマフラーを鼻が隠れるくらいまで引き上げた。
そしていつもは素通りする公園の前を通り過ぎようとして、あなたを見つけたんだ。
公園のベンチに座り一人静かに涙を流すあなたを。
俺はまるで金縛りにでもあったかのように動けなくなって、ただ黙ってあなたの泣き顔を見つめていた。
人の泣き顔を不躾に見続ける事なんて本当はダメだって分かっている。
だけど、泣き顔が綺麗で……あまりにも綺麗で―――俺は見とれてしまったんだ。
*****
それから分かったのは、あなたが毎日あのくらいの時間にあの場所で涙を流しているという事。
あなたがどこの誰だとか、涙の理由だとかそんな事はまったく分からない。
ただあなたの泣き顔が綺麗で、俺はその涙に心奪われてしまった。
それだけははっきりとしていた。
改めてその事を自覚して頬がじわりと熱を持つ。
俺は男で、あなたも男で。
俺は今まで好きになったのも付き合ったのも異性だった。
同性に対して触れたい、抱きしめたいだなんて思った事なんてなかった。
ただの一度も。
だから俺は認める事が怖かった。
あなたの事を思い出すだけで心臓がどきどきと騒いだとしても、幸せな気持ちでいっぱいになったとしても、俺の想いはあなたに届く事はないと思うから。
俺はあなたの姿を見るだけで、ただそれだけで幸せなのだから。
それ以上を求めるのは贅沢というものだ。
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