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俺たちはただ黙って歩き続けた。
気づかれないようにちらりと彼を盗み見れば、街灯に照らされた彼の顔がやはり美しくて、今自分と俺の家に一緒に帰っている事が信じられなかった。
そんな事を思いながら彼と歩く帰り道は寒いはずなのに心地よく、ほのかに温かくさえあった。
この道がもっとずっと続けばいいのに、と思ってしまった。
だけど、彼の再びのくしゃみを聞き急いで温かい所に彼を連れて行かなくては、と少しだけ足を速めた。
*****
アパートに着き部屋に入ると、彼は物珍しそうに部屋の中をじろじろと眺め始め、「へー、ほー」なんて言いながら興味津々のようだ。
「えっと、今暖房付けたんですぐに部屋も暖かくなると思いますので、それまではこれ温かいので身体に巻いておいてください」
うちで一番ふわふわで温かいブランケットを手渡す。
「ありがとう。ふわーあったけー。人の事ばっかじゃなくてお前も暖かくしろよ」
「あ、はい。コーヒー淹れてきますんでそこに座って少し待っていてくださいね」
「おぅ」
彼は楽しそうに返事をするとまたきょろきょろと部屋を見回し始めた。
コーヒーをテーブルに2つ置き、彼に勧める。
「ありがとう」
笑顔で受け取るとふーふーと少し冷ました後、こくこくと飲み始める彼。
あの泣き顔の彼とは別人のようだ。
少し幼く見え、成人男性には失礼だろうが可愛らしいと思う。
「なに?また人の事観察?」
「え、あ、いえ…!――すみません…」
また不躾に彼を見続けていた事を指摘され、しょんぼりと肩を落とす。
「ふ……ふふ…あはははは!」
突然彼は声をあげて笑いだした。
俺は驚き彼を見ると彼の瞳に笑いすぎたのか涙がきらりと光って見えた。
悲しい涙じゃない、そんな事は分かっていたけれど俺は思わず手を伸ばし彼の涙を拭った。
「ひゃっ!び、びっくりした。あんたっておもしろいな。色々と予想外だわ」
そう言ってなおもくっくっくとお腹を抱え笑い続ける彼。
俺に言わせれば彼の方がよっぽど予想外だ。
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