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それから俺は毎日2つ前の駅で降り、あの公園のベンチで涙を流していた。
決してわざと泣いていたわけじゃなかった。
なかなかうまくいかない人間関係、仕事上のトラブル。
普段は憎まれ口しかきけない俺だけど、あの場所に座ると自然と涙が零れた。
沢山の悔しさと沢山の反省と―――ちょっぴりの恋慕。
長身の男も毎日俺の泣く姿を遠くから見守っている。
声をかけるでもなく、自分の存在をアピールする事もなく、ただひっそりとそこに佇んで泣いている俺を見ていた。
だから俺はこの場所でなら自分をさらけ出して泣く事ができたのかな。
あの男が見守るこの場所でなら。
*****
そんな事がひと月も続いて、その夜は長身の男が姿を現さなかった。
ここで泣きだして初めての事だった。
――――もう飽きた?
大の男の俺が泣いている姿が物珍しくて見ていただけ、だった?
このまま帰ってしまえばもう長身の男との繋がりが切れてしまう気がした。
そう思い俺は来るかどうかも分からない男の事を待ち続けた。
でも、男が来たとして俺はどうすれば…?
見守られながら今日も泣くのか?
そろそろいい加減あの男との距離を縮めたい。
それにはまずあの日の事を謝らなくてはいけないわけだが―――。
正直に話してあの男が俺のダメさに気づいてしまうのが怖い。
あの男と俺とのこんな髪の毛一本分くらいの縁であっても、切れてしまう事が怖い。
ほんと、俺ってこんなにダメダメな人間だったんだな。
ハハっと呟くように笑い、さて持久戦だな、と公園内にある自販機で温かいコーヒーを買う。
ガコンという音に自販機の取り出し口に手を伸ばすと、遠くからタッタッタと人が走ってくる音が聞こえた。
―――――もしかして?
期待を胸に急いで行ってみると、そこには肩を落とし溜め息を吐く長身の男がいた。
俺はさっき買ったばかりの温かいコーヒーを鞄に隠し、思い切って声をかける事にした。
「あのさ、寒いんだけど」
「―――へ?」
二時間も待ち続けて冷えた身体はガタガタと震え、やっと会えた男に嬉しくてニヤニヤしそうになるのを誤魔化すために俺は眉間に皺を寄せた。
「なん…………で…」
あの日聞いた男の優しく低い声。
ドキドキと心臓が煩い。しずまれ心臓。男の声がよく聞こえないじゃないか。
「だから寒いんだって。二時間とか遅刻が過ぎるだろう?俺を凍死させる気かっ」
あ、と思った時にはいつもの悪態をついていた。
それでも男は嫌な顔をする事なく、少し戸惑った顔をして、
「あっと…すみません…?」
理不尽に怒る俺に謝り自分が巻いていたマフラーを俺の首へと巻き付けた。
「ふわーあったけー…」
すんすんと嗅ぐと夜の匂いの中に男のお日様のような匂いがして、身も心も温かくなっていくのを感じた。
「―――えっと…?」
戸惑う男に俺はまた悪態をつく。
「お前、毎日毎日飽きもせず人の泣き顔見に来てたろ?」
違う。俺が言いたいのはこんな事じゃない。
「あ、はい。すみません……」
小さくなっていく男の声に俺は焦る。
違うんだ。そんな顔をさせたかったわけじゃない。
俺はただ謝りたかった。そして、どうして毎日俺の事を見守っていたのか、その理由が知りたかった。
「何で?」
「え?何で…?」
きょとんとした顔で俺の事を見る男。
「そんなに大の男が泣いてるのが珍しかった?」
「あ、いや、そういうんじゃなくて――」
「じゃなくて?じゃあどういうのさ」
つい責める口調になり自分が嫌になる。
「――――綺麗…だった、から……」
ぽつりと呟かれた男の言葉。
「――――へ?」
今度は俺がぽかんとして、次第に彼の言葉の意味が脳に伝わりみるみるうちに顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「くしゅん!」
「あーっと、風邪ひいちゃいますねっ!ど…しよ……」
このまま解散だなんて冗談じゃない。ちゃんと…ちゃんと謝らないと。
「―――お前の家って…こっから近いの?」
「あ……えと…10分くらい…です」
「じゃあ、行こ」
「え……」
「もうっ何してるのさっ。風邪ひいたらお前のせいだぞ。早く連れてけよっ」
じゃないとお前が風邪をひいてしまう。
俺は半ば強引に男の腕をひっぱりずんずんと歩き出した。
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