第104回 泣くのはまだ早いけれども、三浦時明と八郎兄弟の別れに涙……戦局を古典『太平記』と鈴木由美氏の『中先代の乱』で確認してみる

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第104回 泣くのはまだ早いけれども、三浦時明と八郎兄弟の別れに涙……戦局を古典『太平記』と鈴木由美氏の『中先代の乱』で確認してみる

 井出沢の戦いで圧倒的な強さと戦のセンスを見せた三浦時明でしたが、高師直・師泰兄弟なんなの、強すぎでしょ!?   いつもならすぐに一回読んだら、二回目、三回目…と何度も読み直すのですが、『逃げ上手の若君』の第104話は辛すぎて、なかなかページを戻すことができませんでした。  「五回を超す大合戦にすべて圧勝 僅か八日で東海地方を抜け鎌倉に迫った」「時行の軍は強かったが 尊氏の軍はさらに比較にならないほど強かった」  信濃を抜けた時行たちがあっという間に上野を過ぎて関東に下ってきた以上の破壊力とスピード感というのは、確かにこういう展開で見せるしかないのだなと思いました。しかしその中にあって、勝者の正義や優越に読者が圧倒されて終わってしまうのではなく、敗者の側にある真実の方がより強く、時行軍に加わった三浦時明の姿によって印象付けられやしないかと感じたのでした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  さて今回は、尊氏が挙兵してからの中先代の乱を動きを前回に続けて見ていきたいと思います。まずは、鈴木由美氏の『中先代の乱』で八月十七日の箱根での合戦を確認してみます。  十七日は箱根(神奈川県足柄下郡箱根町)で合戦があり、時行方の大将は三浦時明であった。合戦は水飲(みずのみ)(静岡県三島市)・相模葦河上(神奈川県足柄下郡箱根町)・大原平(同)・湯本地蔵堂(同)の諸所で行われた。『太平記』によると、時行方の清久(きよく)山城守がここで捕らえられたという。  清久山城守は、『太平記』で時行が信濃から兵を挙げたという最初から、諏訪頼重らとともに名前が記されていた一人です。  そして、回想シーンでは北条泰家が額に「こいつが」と言って、諏訪時継の肩を叩いていますが(薄くても泰家には見えているのですね!)、時継のことも『太平記』には記されています。  諏方安芸守(すわのあきのかみ)・葦名・二階堂、身を恩に報じて、志を義に於いて、一足も引かじと支へ戦ひたり。  ※諏方安芸守…諏訪時継。ただし、この記述は日本古典文学全集(天正本)からの引用で、岩波文庫(西源院本)では「諏訪の祝部(はふり)、身を恩に報じて防ぎ戦ふ。」とあり、「諏訪の祝部」を諏訪頼重としている。  ※支(ささ)へ…防ぎとめて。もちこたえて。  この表現といい、まだこの先のことはネタバレになるので記せませんが、『太平記』の語りは、少ない言葉ながら時行軍が決死で戦っている様子をよく描写していると私は考えます。おそらく、松井先生が「時行の将はあきらめず戦い戦死するか 降伏するか 逃げて再起に賭けるか」と作品で語るそれと同じ何かを、記録を残した人たちの思いを、感じ取っているのかもしれません。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  「先に行け八郎 俺はあの壺に隠れて休んでいく」   三浦兄弟の別れを描くこの場面は、中先代の乱の行く末を知る私としては〝まだ、泣くのは早い!〟と思いながらも、だめでした…。でも、なぜ壺!?と思った方は少なくないかと思います。  三浦時明のその後は、天正本『太平記』に書かれている。それによると、時明は相模懐嶋(神奈川県茅ケ崎市)へ落ち延びた。地元の漁師たちが哀れんで、砂浜に壺を埋めてその中に時明を匿ったが、その上に漁に使う網を何重にも巻いておいたところ、空気がこもって窒息したのか、自分で首を絞めたのかはわからないが、壺の中で死んでしまっていたので、そのまま土に埋めたという。〔『中先代の乱』〕  日本古典文学全集の頭注では、「ここで自害、あるいは討死した可能性もある。」としていますが、いずれにせよ、このような逸話が残っていることことから、『逃げ上手の若君』の三浦時明のキャラクターは作られたのですね。八郎は実在の人物ではないようですが、諏訪編からストーリーを盛り上げてくれました。時明の遺児のことは私の力では詳細がわからなかったのですが、八郎と一緒にまたどこかで登場することもあってほしいと思いました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  『中先代の乱』によれば、「十八日は相模川(神奈川県平塚市・茅ヶ崎市)で合戦があった。この時の相模川は増水していて」とあります。川をはさんでの戦いは、攻める側に困難がありますが、第104話のラストは「今川頼国」。範満の兄なんですね。でも、この〝牛〟やってくれますよ。松井先生はこれをどう描くんだろうと今からちょっと期待しています。 〔日本古典文学全集『太平記』(小学館)、『太平記』(岩波文庫)、鈴木由美『中先代の乱』(中公新書)を参照しています。〕
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