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第22回 修羅を生きる武士…当時の武士の出家の理由あれこれ
「楠木殿」って、もしかしてあの楠木正成?……と思われる人物も登場した『逃げ上手の若君』第22話でした。「楠木殿」が今後どのようにストーリーに絡んでくるのかは気になるところです。
(楠木正成については、このシリーズの第10回「時をかける時行のパルティアンショットと古典『太平記』に見る噂の流し方」と第17回「たいまつやハリボテ人形で戦いを制することなんてできるの? それらは『太平記』のヒーローも使う技です!」でも登場していますので、興味のある方はご覧ください。)
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外道の瘴奸の出自がやはり武士で、長男ではないゆえに「兄と同居し兄を補佐せよ」と父に命じられ、「入道」となった事情がわかりました。
※入道…仏教を信じて出家した人。ときに、僧形でありながら世俗的生活を行っている人もいう。坊主頭の人をあざけっていう語でもある。
吹雪から授けられた「鬼心仏刀」の技を使うのに嬉々としていた時行ですが、瘴奸を倒した後の表情に胸が苦しくなりました。もちろん、時行は瘴奸の事情など知る由はないと思います。
しかしながら、時行はすでに鎌倉を出る時に伯父の五代院宗繁を斬り、今ここに瘴奸も切り(出血多量で……)殺しました。時行が手にかけた二人は二人とも確かに外道ですが、時行が真には望んでいない殺生ーーこれがこの時代を生きる人々の現実であり、また、武士の定めでもあることが伺えるのです。
長男に生まれなかった武士たちの事情については、『解説上手の若君』を読んでいただければわかると思います。ですが、「武士の家に生まれながら僧侶にならざるを得ない人が、いっぱいいた」からと言って皆が皆、瘴奸のようになったわけではありません。
もちろん、家督を嫡男に譲った(現役を引退した)ので出家して僧形となる武士も少なくありませんが、若くして出家するたちには、次のような人たちもいました。
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このシリーズの第18回で紹介した一遍も、伊予国(愛媛県)の河野という武士の家に生まれています。そして、一遍が故郷を離れて一途に仏の道へと向かった理由は、親族との所領争いに巻き込まれ人を殺めてしまったからではないかとも言われています。
一遍の祖父である通信は、『平家物語』でもその活躍が描かれ、源氏方を勝利に導いた人物です。しかし、承久の乱で朝廷側につき、通信をはじめとする一族は厳しい処分を受け、河野家は没落します。その際、一遍の父はたまたま出家をしていて、僧でありながら武士に戻り、安堵された河野家の所領を守ります。子どもの時に出家して九州にいた一遍もまた、父の死後に伊予に戻るのですが、通信の子たちの中で唯一幕府方についた親族たちとの間で確執が起き、一遍はすべてを捨てての修行の道に入ったのです。
それを知ると、社会の枠からはみだした「悪党」といった人々に一遍が支持された理由もわかる気がします。お互いに通じるものがあったのでしょう。一遍の生涯を描く『一遍聖絵』という絵巻の中での一遍には、武士の強靭な肉体と精神とはうらはらの孤独が感じられることがあります。
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所領争いではないところで出家を遂げた長男もいました。
『太平記』の中でも、尊氏の子の義詮の代になっての話ですが、斯波氏頼という武士が登場します。この人の父・高経は、長男の氏頼よりも今の奥方の子である三男を溺愛していました。
幕府の執事職という重要なポストに氏頼が推されていることを耳にした高経は、義詮に対して氏頼のことを悪く言って、三男にその役が回ってくるように仕向けました。
それを知った氏頼はどうしたと思いますか。
潜かに出家していづちともなく迷ひ出でにければ、付き従ひし郎従ども二百七十人、同時に皆髻を切つて思ひ思ひにぞ失せにける。
ーー氏頼と彼に従っていた者たちは皆、誰にも知られず出家をしてどこかに消えてしまったというのです。
『太平記』の語り手は、氏頼が父を恨んだのか、世の中をはかなんだのかはわからないけれども、「父の所存をも破らず、我が身の得道をも願つて、出家遁世しぬる事、類少なき発心なり」と評価しています。ところがすぐそのあとで、最近では頭を丸める(出家する)格好だけしてひどいふるまいの人間が多いので、氏頼もすぐに俗世に戻って来るかと思っていたと述べてもいます。
結局、氏頼はどうなったかというと、「つひにその道心さむる事なくして、はて玉ひける」、つまり、最後まで道心を守って亡くなったのでした。
※得道…仏道を修めてさとりをひらくこと。
※道心…仏道を修めようという心。
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『逃げ上手の若君』の今回の征蟻党の参戦も、小笠原貞宗の所領への野心に端を発しています。所領をめぐる戦いーー殺戮に身を投じるのは武士の業なのです。
瘴奸の所業の数々の理由を知って身勝手だと私も思いましたが、ふと、「捨聖」と呼ばれて人々に熱狂的に支持された一遍の隠された過去を思うと、武士の生き様の悲しみを思わずにはいられませんでした。
一方で、氏頼みたいな生き方が「ありがたけれ」〔=稀有なことだ〕とされ、称賛とも驚きともつかない形で人々に受け入れられたことを思うと、時行の無垢な笑顔に仏を見た瘴奸も、それに手を合わせて息絶えた瘴奸を黙って見つめる時行も、〝武士という修羅〟を生きていると思わずにはいられないのです。
※修羅…六道の一つ。阿修羅〔=古代インドの神の一族で、絶えず闘争を好み、地下や海底にすむという天上の神々に戦いを挑む悪神〕のすむ、争いの絶えない世界。天・人と地獄・餓鬼・畜生との間にある。
〔今井雅晴編『一遍辞典』(東京堂出版)、日本古典文学全集『太平記』(小学館)を参照しています。〕
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