第30回 古典『太平記』に見る…馬が足を取られるとこんなにもダメなの!? 名越高家と新田義貞の場合

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第30回 古典『太平記』に見る…馬が足を取られるとこんなにもダメなの!? 名越高家と新田義貞の場合

 「最初の門番さん」が「解説上手の若君」に登場! 「保科軍の門番」という名称も与えられて、もはやモブではない!?  彼について書いたこのシリーズの第27‐(1)回もじわじわと読まれておりまして……私、先見の明があった!と喜んでおります。  しかしながら、門番さんの「読まれなかった方々は」のあとのセリフがモザイクになっているのが恐ろしい限りです。 https://estar.jp/novels/25773681/viewer?page=27 ***********************************  孤次郎と保科党のオッサンたちの活躍、かっこいいですね。  孤次郎はオッサンたちの名前を知らないのにオッサンたちは孤次郎のことを知っていた……そこはいない時行の姿が、その真相を知った孤次郎の心を強くさせたのには、少年漫画ならではのユーモアとあたたかさが感じられました。ーーこれだから、松井先生の作品が大好きです。  さて、すでに決着が付いたかに思われた米丸のその最後の攻撃を止めたのは、馬の足を止めた米丸をオッサンたちが引きずり下ろすという原初的なアクションでした。  「油断して馬を止めたな!」  馬の足が止められるのが、不利も不利な状況である例、勇将が世にもあっけなく命を落としてしまった例が、『太平記』にもあったことを思い出しました。  二つのエピソードを紹介したいと思います。  一つ目は、名越高家(なごえたかいえ)です。実はですが彼は、『逃げ上手の若君』の第1話で登場しています。高氏の裏切りを責めた次のコマで、矢に眉間を貫かれて即死という悲惨な描かれ方をしています。  後醍醐天皇を奉じた赤松円心などの京都・西国の反乱軍の鎮圧のために大将として軍を率いた高家は、北条の有力な一族でもありました。  ところが、高氏に抜け駆けをされたというので逆上した若武者の高家は、「さても深き久我縄手(くがなわて)、足も立たぬ泥土(でいど)(しの)いで馬を打ち入れ打ち入れ、我先にぞ進まれける」とあります。もちろん、馬も武具も当時の最上の物であったこともあり高家は大活躍をするのですが、疲れて休憩をした隙を狙った赤松方の兵の一矢に斃れたのでした。  今年の日経小説大賞の受賞作品である天津佳之(あまつよしゆき)氏の『利生(りしょう)の人 尊氏と正成』では、このシーンがとてもよく描かれております。  天津氏はゲームのノベライズのお仕事も数多く手がけていらしたということで、受賞作でも戦闘シーンの迫力が高く評価されています。さらには、「無論、高家も馬も無傷では済まない。特に、左手側は無防備に近かった。旋回しつつ突撃でかばってはいるが、すでに乗馬の黄瓦毛は無数の刀傷で赤く濁っている」として、この戦闘の不利な状況を高家の姿を通じて的確に表現している思いました。   こんな不利な戦場で暴れるなんて……と、先に参加した地元の歴史講座の受講生が、疑問の残る点が多々あるということを言ってたのも、印象に残っています。  二つ目は、新田義貞です。  足利尊氏が後醍醐天皇を裏切って戦いを続ける中、新田義貞は帝の頼れる臣下として北陸の地で尊氏方の軍との戦闘を続けていました。  思わしくない戦況の打開のためにわずかな兵で偵察に出た義貞は、運悪く敵兵と遭遇してしまいます。    この馬名誉の駿足(しゅんそく)なりければ、一、二丈の堀をば前には(たやす)く超えけるが、五筋(いつすぢ)まで射立てられたる矢にや弱りたりけん、小溝(こみぞ)一つ超えかねて、屏風を帰す如く、岸の下にぞ倒れたりける。  ※丈…約1.7メートル。成人男子の身長。  ※五筋…五本。  ※屏風を帰す如(ごと)く…屏風を倒すように。  倒れた馬に自分の左足が下敷きとなり、膝を射られた義貞は、自ら腹を切って死を遂げたのでした。 ***********************************  鉄砲が導入されるまでの武士たち戦闘は、武将や兵卒の持つ個々の肉体的能力、馬の性質や基本的装備の良し悪しが、勝敗に直結したものであったようです。そうであれば、戦闘をともにする同士の結束や随所での臨機応変なアクションというのは、現代人の考える以上に重要であったはずで、『逃げ上手の若君』の第30話のような展開というのは、決して記録に残らなくとも数多く存在したのではないかと私は想像します。 〔日本古典文学全集『太平記』(小学館)、ビギナーズ・クラシックス日本の古典『太平記』(角川ソフィア文庫)、天津佳之『利生の人 尊氏と正成』(日本経済新聞社)を参照しています。〕
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