第46回 幼い諏訪頼継が「神」になった根拠は無限ループする…!? 謎と不思議の諏訪信仰の一端を知る

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第46回 幼い諏訪頼継が「神」になった根拠は無限ループする…!? 謎と不思議の諏訪信仰の一端を知る

 『逃げ上手の若君』の諏訪頼継、おじいちゃんの頼重に負けず劣らず強烈ですね。  第45話で、祖父・頼重の時行に対する頬ずりを評して「僕の時より頬ずりの幅が大きい」とか、こちょこちょも「僕の時よりくすぐりが急所急所を攻めている」とか(時行、引いてるんですけどね…)、第46話でも、「御祖父上は前ほど会いに来てくれなくなり 僕の知らない信濃の武士と会う事も増えた」と話すコマの「前宮」に頼重と一緒にいるの誰?と思ってよく見たら「オラついて」いる時行という…(笑)。どんだけ嫉妬深くて、思い込み激しいんだよ、この子って思いました。  ーーでも、どこか憎めないんですね。「神」という役割を果たすことが父にも祖父にも認められることなんだと自分を納得させて、本当はもっと甘えたい気持ちを抑え込み、その反動でヒネくれてしまったのであれば、むしろ健気で子どもらしい、愛すべきキャラクターだなと思わずにはいられません。  松井先生のオリジナルキャラクターである雫、弧次郎、亜也子、玄蕃、そして吹雪…みな魅力的なのですが、実在した人物で、当時は時行とそう年も変わらなかったという頼継の実像を松井先生がどう解釈し、作品のストーリーを盛り上げる個性的なキャラクターとして現代に蘇らせ、時行や架空のキャラクターである子どもたちとからめていくのか、興味は尽きません。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  諏訪頼継については、前々回(第44回)のこのシリーズでも調べたことを紹介しました。あまり突っ込むと今後の作品の展開のネタバレになりかねないので、そのあたりは気をつけながら、もう少し頼継と諏訪信仰について触れてみたいと思います。  第44話で、頼継の父・時継は次のように時行に話をしています。  万一現人神が戦で死ねば諏訪大社全体が途絶えてしまう 私と父が大戦に参加するする以上…戦と無関係な頼継に神を譲っておかねばならないのです  頼継は生涯、「頼継(よりつぐ)頼嗣(よりつぐ)直頼(ただより)頼寛(よりひろ)普寛(ふかん))」という四つの名を用いていたことはその時にもとり上げましたが、これは、頼継が自分の立場をいろいろに変じて、時々に応じたふさわしい名前で時代を生き抜いた証なのではないかと考えます。ーー苦労したのだなとも取れますし、目的のためには手段は選ばないしたたかさとも取れそうです。  松井先生の描くキャラでいうと、時行の前と、父・祖父の前とで、コロコロと態度も表情も変えてお芝居までする(しかも、「神業」でちょいちょい時行に攻撃を与える)といった形で表現されるアグレッシブさも感じます。  また、頼継の「神」としての事績は、諏訪円忠(えんちゅう)によって制作された『諏訪大明神絵詞(すわだいみょうじんえことば)』に詳しく描かれています。  昨年、諏訪を探訪した際に、地元の研究者の方から、『諏訪の神様が気になるのー古文書でひもとく諏訪信仰のはるかな旅ー』という本を勧められ、そのまま諏訪大社の近くの書店で購入しました(『逃げ上手の若君』と関連書籍のコーナーができていて、テンション上がりまくりでした)。  諏訪に残る古文書類をベースにして、わかりやすく諏訪信仰を解説している本です。それによると、諏訪の現人神の始まりを、『諏訪明神絵詞』ではこう記しているそうです。  大明神が諏訪に鎮座した時、御衣を脱いで8歳の男の子に着せて大祝と呼び、「我において体なし、祝をもって体となす」と言った。これが御衣祝有員(みそほうりありかず)で、神氏の始祖である。以後代々家督を継いで今に至っている。  諏訪明神が「大祝(おおほうり)」(『逃げ上手の若君』では、頼重が「(諏訪氏の)当主」といった語で説明されていますが、当時は諏訪一族のトップに立つ人間をこう呼んでいました)の体に乗り移って一体化しますよ…というのが、諏訪氏=神(氏)の起こりであるとされているのです。  「有員」というのは、その最初の人物で引用文中の「8歳の男の子」です。  ところが、本シリーズの第44回で参考文献とした『南北朝武将列伝 南朝編』の「諏訪直頼」(花岡康隆氏が執筆)には、青木隆幸氏の研究を踏まえて、以下のような指摘があります。  青木氏は明言を避けてはいるが、これまで知られてきた大祝のあり方は、頼継に仮託する形で南北朝期以降に創出された部分が多分に含まれることを示唆している(なお、青木氏は幼童をもって大祝とする例の所見である初代大祝の有員(ありかず)が八歳で職位したとする『絵詞』の記述は、頼継をモデルとする可能性もあるという見通しを述べる)。  記録により「有員」の出自や位置づけ等に相違があります(諏訪一族の末裔の私の家も、もとを辿っていくとどうやら有員に行き着くようです)。いずれにせよ、諏訪氏にとって「有員」は一族を「神」にした重要な人物であることは間違いないようです。ただ、実在したか、本当に諏訪明神との〝契約〟があったか、それらは知る由もありません。  しかしながら、もし「有員」が頼継に仮託されていたとしたら、頼継が背負ったものの大きさははかり知れませんね。また、『逃げ上手の若君』において頼継がキーパーソンであることも間違いなさそうです。  鎌倉幕府の後継者、諏訪大祝の後継者ーー当時の子どもたちが置かれていた世界を想像するのは容易なことではありません。  かつての日本に、こうしたリアルファンタジーのような日常が展開されていたことも驚きですが、『週刊少年ジャンプ』には一見まったく合わなそうでいて、史実がすでに〝ジャンプ的〟な題材という時行や頼重・頼継を発見した松井先生…現代の漫画界の「神」ですね。 〔亀田俊和・生駒孝臣編『南北朝武将列伝 南朝編』、北沢房子『諏訪の神様が気になるのー古文書でひもとく諏訪信仰のはるかな旅ー』(信濃毎日新聞社)を参照しています。〕
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