夕立  夏の夕方の降るにわか雨

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 シロがクロガネ船長の船に乗って、緑の国の港へ発ってから幾日か過ぎた。  オレは、親方から与えられた図面通りの細工を作る宿題を与えられて、四苦八苦しているところだった。キハダ兄貴といえば、忙しさに振り回されているうちに、先日サンゴが全然知らない若い男と楽しそうに歩いているところが目撃され、実質自然消滅という名の失恋を味わったらしい。さすがシロの見立て、である。兄貴は傷心を振り払うかのように、連日、鬼気迫る感じで金槌をふるっていると、鍛造班の職人から聞いた。  夏の夕方になると、昼間の地面で温められた空気が上空で雲になり、夕立を起こす。オレも、金属を扱う以上、鋳造鍛造班ほどの大型ではないものの火や炉は使うから、一気に気温を下げる夕立はありがたい。工房の軒先まで出て、瀧のように降る雨の水煙と冷気にあたって体を冷ましていたら、雨にけぶる通りの向こうからこちらへ向かって駆けてくる人影に気づいた。全身ずぶ濡れになりながら、まっすぐこちらに向かってくる。誰だ? 他の職人と顔を見合わせ、首をかしげた。  マントも役に立たないほど濡れそぼったその人は、工房の軒に入ってきて、フードを脱いだ。 「あ……れ……?」 「……コガネ、さん、だよね。やっと、見つけた!」  びしょぬれになり、よく日に焼けていたが、その負けん気の強い大きな目……モエギだった。 「え? ええっ? なんでこんなとこに居るの?」 「村、出てきたの。兄さんたちと母を説得して!」  え? なんで?  モエギは、濡れないようにしっかり抱え込んだ袋から、あのナイチンゲールをとりだした。 「もらったナイチンゲール。羽の色が、萌黄色だった。でも、私は、萌葱(もえぎ)! やっぱり、これを貰うわけにはいかないと思って……」 「……そんな理由で?」 「そうじゃなくて!」 「へ?」 「私をもらってください!」 「!」  ……おしかけ……女房?  一緒に涼をとっていた職人たちが騒然となった。「これが例の娘っ子か!」とか「半月もかけて追っかけてきたのかスゲー!」とか「この色男!」とかとか。いやいや、待って待って! 何もかもすっ飛ばしていきなり逆プロポーズとか、どうなってるの? ちょっと処理が追いつかない!騒ぎを聞きつけて、工房内にいた職人や親方衆まで出てきた。どうするの? これ……。  茫然と突っ立っているオレの手を、モエギが握った。身体が一気に熱くなり、耳まで赤くなっているのを感じた。周囲の職人が指笛を吹いたりして一斉に盛り上がる。  うわ! 暑っ! 折角身体冷えたと思ったのに、あっつ!  シロ! 頼む! 熱! この熱、消してくれっ!                                                       < 終わり >     
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