五風十雨  時を得て風が吹き、雨が降る

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 工房の建物が見えてきた。  今日は確か、クロガネ船長の荷物も搬入する日だったはず。工房前には、積み荷を運び込む人が大勢出入りしていた。 「新しい工房はあれか? こりゃまた立派な建物だなぁ」 「でしょ? 鍛造の職人と鋳造が得意な職人と協力して、なんでもできる複合工房を作ったんだ。オレらは金工細工班。一番奥に親方専用の作業場があって、オレはそこに自分の作業台を置かせてもらってる」  シロと一緒に工房に入ると、目のあった職人がこちらに頭を下げて挨拶する。オレはまだ若いけど、カリヤス親方の弟子としてはこの工房では最古参だから。でも、この状況は未だに面映ゆくてきまり悪い。ついこっちも頭下げちゃうんだ。工房の奥に入ると、カリヤス親方がこちらに背を向けて、商品にタガネを当てているところだった。 「親方! シロ殿が着きました!」 「おお」  髪に大分白いものが目立ってきたカリヤス親方は、手を止めて振り返った。 「久しゅうございます。ご健勝でなにより」 「シロ殿か。時計は分解し終わって、破損個所を明らかにしたとこだ」  親方は、部屋の隅の作業台、――沢山の紙の束と、分解した部品を納めた小箱が通し番号をつけられて棚に収まっている――を指した。社交辞令抜きで、いきなり仕事の話を始めるのは、親方の癖だ。 「やはり、凄い数の部品。……この紙の束は?」 「ああ、分解しながらいちいち図面に起こしたやつだ。ワシの覚書でもある。この設計図を見れば、同じような水晶の時計を作ることができるし、定期的なオーバーホールも容易になる。それにしても、変な歯車を使っているな。金属じゃない。見たことがない随分と硬い木だ。故障は、軸が折れて歯車の歯が欠けたことが原因だな。軸は代替が見つかりそうだが、歯車はわからん。今、色んな素材で試作して強度を試しているところだ」 「忙しい片手間に、面倒なところをありがとうございます」  シロは深々と頭を下げ、親方にも土産と言って麦藁細工の道具箱を渡した。オレがもらったのよりずっと大きいやつだ。箱の意匠を見るなり、親方は「麦藁細工か」と、言い当てた。さすが師匠。 「ところで、革製品を修理してくれる工房を知りませんか?旅装束を修理したいのですが」  シロが頭をかきながら親方に聞いた。親方は仕事人間だから、専門外は分かると思えないんだけど……。  親方は、ぜんまいが切れたみたいな状態で、しばしじっとしていた。 「皮革なら、クチナシんとこだな」  わお! 脳内検索してたのか!  「コガネ、案内してやれ」 「はいっ!」
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