五風十雨  時を得て風が吹き、雨が降る

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五風十雨  時を得て風が吹き、雨が降る

 港への道を全速力で走る。緑の国の商船がもうすぐ到着する。会うのは何年ぶりだろう。楽しみで仕方がない。にぎやかな港町の雑踏を縫いながら、潮風を胸いっぱい吸い込んで走る。  見えた! あの船だ。  ちょうど舷梯(げんてい)を下ろしているところだった。荒い息を吐きながら、桟橋で立ち止まり船を見上げる。逆光で見にくいが……、甲板に黒い人影を見つけて一気に気持ちが上がった。 「シロー!」  精一杯大きな声を張り上げて手を振る。  黒い人影が立ち止まった。こちらに向き、ひらひらと手を振る。  やっぱりそうだ。舷梯の真下まで駆けつける。 「え? コガネ? うわ! おっきくなったなぁ」  相変わらず黒づくめのシロは、舷梯の手すりから身を乗り出した。久しぶりに会うオレの姿を見てびっくりしたようだ。オレも、シロの変わらなさに内心驚いていたんだが。 「工房、こっちに移したって聞いて、久しぶりに会いたくなったんだ。親方は元気か?」  桟橋に下りながら話す。近くで見ると、シロの旅装は大分くたびれていた。 「元気元気! 内陸がだいぶ落ち着いてきて、注文が増えてきたから、工房を大きくすることにしたんだ。入江の方じゃ何かと不便なんで、商港の方に出物物件見つけて越してきた。工房の職人も増えて、今は金工細工だけじゃなくて、冶金(やきん)や鋳造、鍛造も出来るようになったんだ」 「へぇ……随分商材の幅が広がったんだなぁ。てことは、クロガネも大忙しだろう」 「船長の船もこっちに来てる」 「え? じゃ、入江の方は?」 「そのまま残っているよ。あっちに停泊してるのは漁船が多いかな」 「なるほどね」  桟橋から、商港の商店や宿場がまとまった地区へと歩く。工房は、この先をぬけたとこにある。 「今夜は、親方のところに泊まるんだろ?」 「いや、ちゃんと宿は取るよ」 「えー? そうなの? じゃ、工房へ付いたら、オレの最新作見てくれよな」 「お! 楽しみだ! ……それにしても、しばらく見ないうちにまた随分と賑やかになったもんだな」  あたりを見回しながらシロが言う。道の両側には商店が立ち並び、内陸から来た商人が入荷したばかりの商品を買い付けに来ている。一般小売もしているので、家族連れや、所謂旦那衆もいて、いつもここら辺は人通りが多い。 「そうなんだ? オレが来たときは、すでにこんな状態だったよ。ところで、緑の国はどんな感じ?」 「国境の大河の流域は、耕作地が復活していた。なかなかに爽快な眺めだったぞ。あ、そうそう」  シロは、背嚢を下ろして前に抱きかかえると、ごそごそ探って何かを取り出した。 「コガネ、これ、なんだと思う?」 「ん? 箱?」  それは、手のひらに乗るくらいの小箱だった。キラキラしたなめらかな肌触りのモザイク模様が箱全面を覆っている。金属的な光沢があるのに、箱はとても軽い。エナメル塗装? いや、象嵌っぽいが、螺鈿でも七宝でもなさそうだ。矯めつ眇めつ首をかしげていると、シロが笑った。 「麦、なんだそうだ」 「え? これ、食べる麦? 植物?」 「麦わらの部分だよ。燻蒸乾燥後、染色したものを、切り開いて張り付けてあるらしい」 「へぇ……麦わらって、こんなにキラキラしてるんだなぁ」 「それは、コガネへのお土産だ」 「え? ほんと? やった! ありがと!」  日の光に麦細工をかざす。麦わらの繊維に沿って、繊細な陰影ができる。本当に、きれいだ。 「でな、その麦細工を作ってる地方に、夢見草があるらしいって話を聞いて、次はそこに行こうかと思ってるんだ」 「ふうん。どこら辺?」 「だいぶん内陸の方だ」 「へぇ……」
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