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エピローグ
「じゃあ、淳太の北海道行きもなくなったんだ?」
「そうみたいですよ」
がこん、と落ちてきたレモンティーを絃里に渡すと、汐は自分も持っていたカフェオレを手に、自動販売機横のベンチに腰を下ろした。
「北海道支社を立ち上げる話が、そもそもなくなったみたいで」
「ああ」
そういうことかと納得する。
そもそも北海道支社は、淳太を汐から遠ざけるために良が無理やり作ろうとした支社であり、作る予定があったわけではない。
汐と結婚することが叶わないと知った良は、迎えに来た眞山社長とともに帰って行った。
良が汐にしたことは犯罪行為だったかもしれないが、汐にまったく非がないわけではなかったため、眞山社長からの謝罪を受け入れる形で終わらせることにした。
すぐには無理でも、そのうち、普通の幼なじみに戻れたらというのは、汐の勝手な願いである。
「結婚は、どうするの?」
「うーん……」
絃里は買ってもらったばかりのレモンティーに口を付け、少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「正直、面倒なんですけど。でも淳太が、結婚はやめないって言ってくれたから」
するつもりです。
そういう絃里の表情からは、言葉とは裏腹に、面倒だとは微塵も感じなかった。
幸せそうに笑んでいるのを見るのは、こちらとしても幸せな気分になる。
「うしおセンパイは、これからどうするんです? 逢坂さんの家に、そのまま住むんですか?」
「それなんだよねぇ」
汐は、頭が痛い、とばかりに大きく息を吐き出した。
汐が住んでいたアパートは、まだ解約されずそのままになっている。良の件が解決して、これ以上逢坂の家に住む理由は、ないといえばないのだが。
「逢坂さんの異動も取り消しになったんですよね?」
「そう。かなり勝手な話だけどね」
平井社長が良から受けていた融資は、今後、眞山社長が引き継ぐこととなった。平井社長と眞山社長がもともと親しくしており、ましてや今回は自分の息子である良が招いた事実があるという経緯もあり、無利息無期限での融資になったのだとか。
ヒライを辞める予定だった上奥が、そのようなことを言っていた。
「結局、みんな元通りってことだよね」
上奥もヒライを辞めず、そのまま会社に残ることにした。さすがに内情を知ってしまって、見捨てるように退職するのは忍びなかったようだ。
当然、逢坂と神楽坂も会社を辞めることなく、そのままだ。
慌ただしかったこの数週間は、まるで何事もなかったようになっている。
なによりである。
それなのに、少しだけ胸が痛むのは、なぜだろうか。
答えはわかっている。汐は、逢坂の家を出ていきたくないのだ。
居心地がいいというだけでは、足りないかもしれない。言葉にしたくはないけれど、汐が逢坂のそばにいたいのだ。
逢坂も、そう思っていてくれることを願うばかりだ。
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