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「好きです!」
書類を片付けるように言われ、倉庫にひっそりと身を潜めていた及川汐は、思わず持っていた書類をバサバサと床に落としそうになった。
静まり返った倉庫では、唾を飲み込む音さえ響いてしまうのではないかと思ったが、飲まずにはおられず、ゴク、と飲み込むも、どうやらありがたいことに汐の存在がバレている様子は感じられない。
ほっとしたのも束の間で、どうにかこの瞬間をやり過ごさなくては、と汐の中で妙な使命感が芽生え、音を出さないよう、じっとその身を石にする。
「今は、誰とも付き合う気はないんだ」
悪いな、と突き放すような言い方をする声に、おや、と思う。聞き覚えがあるにはあるのだが、うーん、と悩むも顔が思い出せず、悪いと思いながらも、好奇心が勝った。
棚に詰められたファイル同士の間のわずかな隙間から、現場の様子を覗き見るため、そっと身を捩らせて目を凝らすと、その先に二人の姿が見えた。
社内で一番の美人と名高い受付嬢の三浦かのんらしき女性が見える。あの美人でも、告白してフラれるんだな、なんて呑気に思いながら、かのんの目の前に立つ長身の男に視線を移せば、汐が所属する2課の課長である、逢坂隼斗の姿があった。
(三浦さん、逢坂さんみたいなのがタイプなんだ……。まぁ、黙ってればカッコいいし、三浦さんと並べば、美男美女のカップルだけど)
普段、逢坂の下で働いているが、逢坂を異性として一度も見たことのない汐には、どうにもかのんの好みは理解し難いが、それでも口を開かずに見ているだけならば、確かに絵になる二人ではある。
「いえ、いいんです。お話し聞いてもらえて、すっきりしました。ありがとうございました!」
パタパタと音を響かせて、かのんの足音が倉庫から遠ざかっていく。
(あれ? 逢坂さんは?)
「盗み聞きは感心できんな」
倉庫から出た様子のない逢坂の場所を確認しようと身を乗り出した汐は、背後から聞こえた逢坂の声で、瞬間、青くなった。
「お、逢坂さん……」
一体いつの間に、汐の後ろに回り込んでいたのか。気配なんて、微塵も感じさせなかったのに。
「可哀想に。精一杯の告白を、誰かに見られてたなんて。彼女が知ったら、どう思うだろうな?」
にこやかに、そう汐に微笑みかける逢坂に、この悪魔! と悪態吐きたいのを我慢して、にっこりと、逢坂に負けず劣らない笑顔で、汐は申し出た。
「今晩、お食事でもどうですか?」
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