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箱を返却して机に戻ったとき、ボールペンが見当たらないことに気づいて席を立つ。
文房具ひとつとっても、管理が厳しい。おまけにくだんのボールペンには、名前が入っているのだ。拾われるのは、少々恥ずかしい。
廊下に目を配りながら食堂方面へ向かうと、中で誰かが動く気配がした。社員の誰かかと入口から覗くと、背の高いがっしりとした男性がひとり。首からぶらさげた外部用の通門証が見えて、空箱回収の業者さんだとわかった。
美月の箱が引き取られる前に、中を確認させてもらおう。
そう思ったとき、男がおもむろに蓋を開けた。そして、美月が入れた紙を取り出したのだ。男の大きな手には、一緒にボールペンが握られている。
「す、すみません、それはあのゴミを入れたわけではなくってですね、調理担当の方に是非とも御礼をと思いましてっ」
慌てて走りこみ、言い訳をはじめた美月を見て、男は固まった。
「……あなたが、コンノさん? コンノミヅキ?」
「はい、今野です。今野美月です……あれ、なんで下の名前」
ボールペンには名字しか入っていないはず。
首をかしげる美月に対し、男のほうもなにやら動揺を隠せない声色で、再度問いかけてきた。
「大盛り麻婆豆腐のディフェンディングチャンピオンの、コンノミヅキ?」
「え……」
なぜ美月の黒歴史を、この見知らぬ男が知っているのだろう。
警戒する美月に、男は溜息とともに、大きくて広い肩を落とした。
「予想外だ。ボリューム弁当をペロリと平らげるぐらいだから、もっと、こう……」
じりじりと後退しつつ、けれど過去バレしていることが不思議で退出もできず、じろりと睨む美月に対して、男は再度息を落とした。意を決したように、口を開く。眼光が鋭く、蛇に睨まれた蛙のように、美月は動けない。
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