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「カレーを食べたあとに入っていたメモを見て、あの中華料理店を知っている奴だって思ったんだ。じいさんのカレーを食べたことのある奴は少ないし、なによりコンノって名前だったから、もしかしたらコンノミヅキなのかなって思ったんだよ」
「お孫さんなんですか?」
「孫のひとり。俺は中華が専門ってわけじゃないけどな」
「料理、作られるんですか?」
ガテン系の仕事が似合いそうな風貌なのに、と驚いた美月の言葉に、男のほうも目を見開いた。なにやら口の端が引きつっているような気もする。
手に持っていた美月の書いた手紙を掲げて、苦笑いを浮かべた。
「……もしかして、俺、女だと思われてた?」
「え――」
絶句した美月の瞳に、男が首からかけた通門証が見えた。
紺野瑞貴
「紺野、さん? あなたが、食堂の小人さん?」
「なんだそれ」
「誰にも姿を見せずに料理を配膳して回収するので、我が社ではそう呼ばれています。一部では忍者とも言われてますが」
男は――紺野氏は吹き出して笑った。迫力のある大きな笑い声が閑散とした食堂に響き渡る。
短く刈りあげた清潔そうな黒髪。さっきまで見せていた鋭い目つきはゆるみ、笑うと印象が変わった。
「いいな、それ。これからもせいぜい隠遁するよ」
「えーとあの、すみません」
「いいよ、面白いし」
「そうではなくて、その、とんだ勘違いを……」
思いこみにもほどがある。
頭を下げる美月に、紺野は言った。
「謝らなくていいよ。っていうか、俺のほうこそ勘違いしてたし」
「それは、なにを?」
大食漢に相応しい体型をしているのではないか、ということだろうか。
すると紺野は首を振った。
「コンノミヅキって名前、俺の名前と同じだろ。だからすっかり、男だと思ってた。コンノミヅキに勝つのが俺の目標だったんだけど、結局勝てないまま、じいさんの店がなくなった」
じいさんがニヤニヤ笑ってた理由が今ならわかるよ――と、紺野はまた笑う。
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