社員食堂の小人さんと秘密のお手紙

12/13
前へ
/39ページ
次へ
 離れた距離を保ったまま、美月は紺野と話をした。  店を閉めたあとのおじいさんについて問うと、存命中らしい。  ほっと胸を撫で下ろす。  親しいといえるほどの間柄だったわけでないが、裏メニューを振る舞ってもらえる程度には常連だった。十代の女子でありながら、同い年の男子を上回る食欲を見せる美月を、祖父ともいえる世代の店主は、目をかけてくれていたと自惚(うぬぼ)れる。  紺野に、店の話を訊いてみると、彼は雇われ料理人らしい。自身で店を構えられるほどの資金がないとか。年齢的にもまだまだ――と自嘲する彼は、現在二十八歳。思っていたよりも若かったとは、内心で呟くに留める。  そのとき、ポケットに忍ばせていたスマホが震えた。昼休み終了五分前の合図だ。  画面を見て慌てる美月に、紺野も姿勢を直す。そして、机に置いていたボールペンを美月に手渡した。 「一瞬、プレゼント返しかと思った」 「使いかけなんてあげませんよ、失礼だし。あ、箸置き、ありがとうございます。すっごく素敵。大事にしますね」  自然に漏れた美月の笑みに、紺野は目を泳がせる。 「……あー、うん」 「さっきの話じゃないですけど、御礼になにか」 「いや、いいよべつに。どうしてもっていうなら、その……」 「どうぞ、ご遠慮なく。いつも美味しい食事を堪能してますので、なんなりと」  ぐっと拳を握る美月に、紺野はなにかの覚悟を決めるような声で申し出た。 「俺が働いている店に、食べにこいよ」 「是非。むしろ積極的に行きたいですし、お店があるか訊こうと思ってたぐらいです」 「そっか。店の場所だけど」 「明日、メモ入れておいてください」 「わかった、そうする。ちなみに明日は海老の出汁が効いた餡かけがオススメ」 「注文します!」  ポケットのスマホが、さらに時間を主張する。ダッシュで戻らなければ、午後の始業に間に合わない。 「では、ごちそうさまでした」 「明日も待ってるから」 「はい、また」
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加