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それなのに嫁を娶るのは、単純に労働力不足だからだ。
酒蔵を営む自分たちの家に、新しい嫁を貰えばその分人件費が浮く。酒米の不作や物価の高騰、加えて不況で酒を買い控える者も多くなってきた。昨年は思うようには売れなかったものだ。
杜氏たちに支払う金子を少しでも用意するために、家に人手がほしい。
嫁が来れば、通いの使用人を一人減らせる。
代わりにその嫁が働いてくれれば。
そういう魂胆のもとでこのたび結婚が推し進められているのだった。
「だれでもいいって、いったもののなあ」
そうひとりごとを漏らす。
わざと大きめの独り言を零したつもりなのに、兄は振り返りもしない。ご贔屓の旦那衆にあれこれと話を持ちかけている。こういう人付き合いというのは、誰が誰と結婚するかという話がそれは大きな出来事で、昔馴染みの旦那や女将たちの顔が色めき立つ。
だれそれの二男が働き者だときけば、兄の白い手がぬっと伸びてきて襟をつかまれ、その家へあいさつに行く。
中から関取かと思うほどの大男がでてきて、これが次男だという。
誰でもいいといったものの、これはさすがに。
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