椿の墜ちるころに3

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椿の墜ちるころに3

篠山が初めて平一郎に会ったのは、大倉の村にほど近い田舎街だった。 くぐもった嬌声の漏れ聞こえる小屋の外で煙草を吸いながら、この小屋でしけこんでいる裏切り者の舎弟を半殺しにするなり、殺すなりしに来たのだった。 「兄貴、さっさとやりましょうぜ。組の薬を盗んだ馬鹿にかけてやる情けなんてねえですぜ」 このころから熊は血の気が多かった。 ただ、篠山も同じように、情けなどかけらも持ち合わせてはいなかった。 まだ、篠山達の生業にははっきりとした名前はついていない。 篠山自身は自分の生業のことを女衒だと思ってはいるが、そういう人買いが集まって親分子分の関係を結ぶ勢力を何某組と呼ぶこともあった。 借金にまみれた男や女、こどもに至るまで、すべて篠山たちの商品だった。 ただ激しく流れていく時代の中で、従軍していた兵士たちから広がった薬に手を出しつつあった。 その薬を盗んでいった田舎者の大馬鹿が、今この小屋の中にいるらしい。 「まあ、いいじゃねえか。最後の一発だ、やらせてやれよ」 小屋から聞こえる声はだんだん切羽詰まったものになっていく。肌と肌のぶつかり合う音が速くなる。 「ああ・・・・・・・っ」 その気はなくとも腰に来るような、艶っぽい声が聞こえる。 その声を最後に、小屋の気配は急におとなしくなった。 視線で熊に合図を送り、小屋の戸をけ破る。 「よう。組から盗んだものを返してもらおうか」 「ひいっ」 突然押し入ってきた篠山達に、裏切り者の舎弟は悲鳴を上げた。 下履きを脱ぎ捨てた情けない姿を晒して、何とか物陰から銃剣を取り出し構える。 「く、くるなあ!」 「あン?なめてんのか」 銃剣を持つ手にためらうことなく蹴りを入れると、小屋の奥へ簡単に飛んでいく。 壁に当たって乾いた音を立てる。 シャツの襟首をつかみ上げて引きずりだす。 「ち、違う!返す!待ってくれ!」 「もう遅い」 「薬は、う、埋めた!ほら、そこだ!だ、だから命だけは!」 「お前何か勘違いしてるぜ」 あまりにうるさいので、篠山はとりあえず男を顔の形がわからなくなるまで殴りつけた。 しばらく無言で殴っている間に、熊がその薬を埋めたという場所を掘り起こす。 「兄貴、ありました」 「なんだ、あったのか。馬鹿だな、俺ならすぐ売っちまうぜ」 「・・・・ぐ・・っが」 膨れ上がった顔を、髪の毛を掴み上げてゆする。 「俺はよ、どこまで行っても人買いだ。おめえさん、今日この場で殺しといてくれればよかったのに、って思わせてやるから、楽しみにしてろ」 そう言って傷口にたばこの火を押し付けるが、もはや反応がない。 うっかりやりすぎて、殺してしまっただろうか、と近づいて呼吸を確かめる。 幽かに息があった。 「おい、連れていけ」 へい、と数名が返事をして、裏切り者を引きずっていく。 新しいたばこに火をつける。 小屋の外の暗がりに、おびえたような視線をこちらに向ける15歳ほどの少年がいた。 「し、篠山さん」 「おう、タレコミありがとよ。駄賃だ」 適当に札を懐から取り出して握らせる。 田舎くさい、あまり頭のよくなさそうなその少年は、その額に目を見開いているようだった。 「こ、こんなに」 薬を盗んで売ってしまったほうが、よっぽど金になるというのに、こんな小金に喜んでいるさまがいかにも田舎者といった様子だった。 「お前名前は?」 「と、豊治です」 「そうか、豊治。このくらいの小金が欲しけりゃ、お手伝いでもしてくれりゃあ、いつでもやるぜ」 さすがにおじけづいたのか、豊治は唾を飲み込んだだけで答えなかった。 緊張した様子で、体をこわばらせて汗をかきながらじっとこちらをうかがっていた。 小屋の中から熊が顔を出す。 薬を確認し終えたらしい。 「兄貴、こいつはどうしますか」 「ああ?」 呼ばれて中にもう一度入ると、さっきはあの裏切り者の小物の下になっていて碌に見ていなかったが、着物の前をすべてはだけた少年が笑いながらこちらを見ていた。 男を加え込んでいた穴を隠そうともせずに、白く艶めかしい肌をランプの下にさらして、片膝を立て、もう片膝を曲げて床に投げ出している。 切れ長の目が、豊治と同じ年ごろのはずの少年をどこか大人びて見せていた。 「たばこ一本おくれよ」 傍によって見下ろすと、なかなかその辺では見ない整った顔をしていた。 どんな関係なのかはわからないが、あの小物はこいつの体におぼれ切っていたらしい。 革靴の先で頤を上向かせる。 まさかこんな少年のために、あれだけの量の薬を盗むはずがない。 いぶかしがるように顔を眺めていると、ほとんど全裸のままのその少年はくすくすと笑いながら篠山の靴紐をほどいた。 「ねえ、ったら」 「お前、あいつとどんな関係だ?」 「関係?なんだい、そりゃ。金くれるっていうから、ちょっと遊んでただけだよ。こんな田舎じゃこのくらいしか楽しみもない」 妙に落ち着いている。 その様子を見て、何か隠しているとわかる。 何ならこちらに思惑は見抜けないとたかをくくって、見下してさえいるようだった。 「ふざけてんじゃねえぞ、てめえ!」 熊が怒気を上げる。 少年の細い腕をひねり上げる。 いたい、と少年が声を上げる。 「舐めた口利いてみろ、売り払っちまうぞ!!」 「俺を売り払ったら、足が付く。そんなことはできやしないよ」 全くひるまなかった。 篠山が扱ったどんな上玉の女や男よりも、肝が据わっていた。 煙草を吸い込み、ふうっと息を吐きかける。 少年は少しも煙たがることなく、数回瞬きをしただけだった。 「お前、名前は?」 少年はにいっと目を細めて笑った。 まるで勝負に勝利でもしたかのような笑みだった。 「平一郎」 ************* 「・・・・・・・・今思えば、あの時からこんなこと繰り返してなんだな。正真正銘のバカだな。お前みたいなシャブ中滅多にいねえよ」 数年後、篠山は東京で平一郎に再会した。 いつかと同じように、薬の場所を追ってきてみれば、盗んだ馬鹿と一緒に平一郎が全裸でむつみあっていた。 まぐわっている後ろから近づき、頭を殴りつけても平一郎は眉一つ動かさなかった。 気絶して自分から引きはがされ、中から抜けていく陰茎をゴミでも見るみたいに涼しい顔をして眺めていた。 平一郎は平然と煙草を取り出して火をつける。 ふう、と篠山に紫煙を吹き付ける。 今にもくすくすと笑いだしそうな表情だった。 「豊治!逃げろ!」 平一郎のその声にはじかれて、扉のそとにいた豊治は慌てて階段を駆け下りていく。 「待ちやがれ!!」 熊と数名のチンピラが豊治を追いかけていく。 その場に残ったのは平一郎と篠山だけだった。 「なんだって他所の組の薬を追っかけてんだい。おかげでせこいことしてたのがバレちまった」 「・・・・・薬を盗むようたぶらかして、わざと豊治にタレこませる。追手に犯人を捕まえさせたら、お前らは無関係で無罪放免。豊治は小遣いまでもらえるってわけだ。だが、お前は薬をほんの少しだけかすめ取ってた。組の連中は少量なら気付きもしねえ。こうやって只で手に入れるんだな」 「残念だ、その通りだよ。同じ組は狙わないつもりだったのに」 「お前は少しだけかすめ取ろうとしてたみてえだが、あいにくこっちも似たようなこと考えててよ。 前からあの薬を狙ってたんだ」 篠山は大人になった平一郎の体を見下ろした。 薄暗い室内で、やはり艶めかしく光ってさえいるようだった。 見たこともないほどに肌理の細かい美しい肌。 熟れた色をしている乳首 つつましい形の陰茎 そしてはしたなく白濁をこぼす、淫乱な蕾 化けたもんだ。 篠山は米ぬかを触る蔵人たちの肌が美しいということを、まだ知らなかった。 「あ…ッん、んあッ」 微々たる量だったが、それでも平一郎たちがあちこちの組の薬に手を出していたのには変わりはなかった。ましてや篠山の親分のものにも、もう何年も手を付けている。 せこい、と平一郎が表現した手口も、わかってしまった以上は黙って返してやるわけにはいかなかった。 屋敷に連れてこられた平一郎を面白がって、親分は自分の太くて重いものを咥え込ませた。 薬を打たれてよがる平一郎の声が障子から漏れ聞こえる。 「あ!ああ、いい!良いよう…ン、もっと、奥に!あああん」 「はッ!てめえ、とんでもねえ淫乱だな!おまけにヤク中ときてる。ろくな死に方しねえな」 ず、ず、という質量のある熱いものが出入りするのに合わせて、淫靡な獣のようなよがり声が衣擦れの音と同時に響く。 「あああああ!あ、だめ、そこは、ああアッツ」 「さっきからここがいいんだな。よしよし、かわいがってやるからな」 障子の隙間から、親分が平一郎の足を抱えなおして腰を打ち付ける姿がみえる。 親分が腰を沈み込ませるたびに、平一郎のつま先にピンと力が入る。 「あああああ!」 「へっへッ。いい声じゃねえか」 ずん、ずん、ずんともてあそぶような腰つきに、娼婦のように平一郎は腰をうねらせた。 「だめ、だめええ!」 叫び声のような嬌声に、隣の部屋で待つ舎弟たちをふと見やると、数名が苦しそうに前かがみになっていた。 ぱん、ぱんっという肌のぶつかり合う音。 衣擦れにぐちゅぐちゅと、性器をこすり合わせる音が聞こえる。 気を良くした親分が、平一郎に天国を見させてやろうとさらに奥に入り込む。 柔らかく細い腕を背中に、首の後ろに回させ、押しつぶすように密着して睦みあう。 「ああ、ああ、深いよ、あああ、こんな、ああッ」 親分は女衒の中の女衒なので、売られてきた男にも女にも、色の味を覚えさせるのが仕事だった。何も知らない体にぐずぐずに愉悦を叩き込むことに長けた陰茎が、ただでさえ淫蕩に男を咥え込んでいた幼い蕾を躾けている。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ」 ひとつきされるたびに、快楽にとろけ切った声が漏れる。 完全に体を支配された平一郎が、されるがままに絶頂を登らされる。 速まる律動に、背中に爪を立てる指先と天井を向いている足の指先が震えている。 「おら、もうすぐだろ!いいぞ、いっちまえ、おらおらおら!」 たたきつけられる腰の重さに、平一郎は感じ切っているようだった。 指先と足先しか見えないが、獣のような声が物語っていた。 「あああああああああああああああああ!」 「・・・ッくうう。なんてえ、穴だ」 はあ、はあ、という荒い息が聞こえる。衣擦れの音が聞こえ、弱弱しい平一郎の声がする。 「はあ、っやすませ、て…ッ。もう、はあ、体が…っ」 「駄目だ、ほら、ケツ上げろ」 「あああ、もう、もうだめだよッ!アッ」 四つん這い、ほとんど尻だけ突き上げた姿で、親分が後ろからのしかかる。尻たぶをぐっとつかまれた平一郎の泣きじゃくる顔が篠山の方を向く。 淫乱、というほかない顔をしていた。 手練れの女衒の親分が舌なめずりをする気持ちもわかる。 視線がふと篠山と交じる。 一瞬の交わりだったが、ふっと平一郎がやはり勝ち誇ったように笑う。 こいつ、まったく懲りてねえな。 後悔も反省も微塵も感じられない表情だった。 親分に見せるよがりきった顔とは違う、まるでなにもかもが平一郎の思い通りだと言わんばかりの表情だった。 「これに懲りたら、あぶねえ遊びは、控えるんだな、坊ちゃんよ」 「ああっ、はああっ、ああ、そこ、そんなにしないで、っあああ」 腰が打ち付けられると、そんな表情は一瞬で崩れ、男が10人いれば10人とも熱いものをぶち込みたくなるような、淫蕩な表情でよだれと涙を流して喜ぶ。 快感から逃げるように体をよじり、手を伸ばす。 伸ばした手が畳に爪を立てる。 だが腰に親分の大きな手が回り、尻をもっと上げろと布団の上に引き戻す。 「もう、ああああ、ああっ、だめっ、あああああああああっ!」 悦楽に身を震わせて泣き叫びながら、平一郎は一晩中乱れ続けた。 ************ 抱きつぶされて気を失った平一郎を、親分は面白そうに見つめた。 「おい篠山。こいつは、野に放しちまうのはおしいな。こんな淫乱、囲っちまいてえな」 「そうされないのですか」 意外な言葉に、篠山は驚いた。 てっきりこのまま親分の愛人になるのだと思っていた。 「こいつは大学生らしいぜ。喘ぎながらそう言ってた。学士さまがうちの組とかかわって消えたなんざ、外聞が悪すぎるな」 「こいつが自分で言ってるだけでは?」 「素人のくせに、間抜けそうな田舎もんたぶらかして、何年も薬のネコババ手伝わせてたような野郎だぜ?下らねえ嘘はつかねえだろうよ」 身支度を終えると、親分はじゃあなと部屋を出ていこうとする。 「親分、こいつは?」 「ああ、好きにしろ。お前にやる。だが数日でもとのところへ返せよ、変な足が付いたら困るからな。二度とうちにかからねえよ、これで懲りただろう」 立ち去っていく親分の気配を背中に感じながら、篠山は平一郎が全くこりていないことをかみしめた。 両腕を投げ出して伸び切り、表情が見えなかった。 しかし汗ばんだ体を息で上下させながら、唇がばーかと動いていたのだ。 とんでもねえ馬鹿押し付けられたもんだ。 煙草を吸いながら、どうしたものかと見下ろした。 それが篠山と平一郎の始まりだった。
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