椿の墜ちるころに4

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椿の墜ちるころに4

面倒なことになった、と思いながら篠山は平一郎を連れて帰った。 熊や手下にきれいに世話をさせると、あれほど淫蕩だった青年の顔付は嘘のように穏やかで清廉な様子に見えた。 腕に残る注射痕はひどく膿んでいた。 金持ちの大学生が薬に手を出すことは多い。 だが平一郎は薬のネコババを14,5のころから行っていたのだ。 本当にただの大学生なのだろうか。 「おい」 「へい」 「こいつの素性を調べとけ」 親分がああいったからには、こいつがさらに組の荷物に手を付けてしまうようなことがあれば、今度は篠山が大目玉を食らってしまう。 親分は暗に、もう二度と組に変なちょっかいを出さないよう躾をしてから、もとの場所へ返せといったのだ。ただあの様子で、平一郎はとてもそんな玉ではないだろう。もう一度篠山が抱きつぶしても、手下たちの便器にしてやっても、一筋縄ではいかないような気配を感じていた。 その予想は当たっていて、篠山が目を離した隙に目覚めた平一郎は手下の数人に手を付けていた。 「馬鹿かおめえは!!」 「なんだい、うるさいね。俺じゃなくて、そっちの下の躾の悪い三下たちが悪いのさ」 「下半身のお行儀が悪りいのは手前だろうが!!!」 「だってどうも連れてこられた次郎長親分の屋敷とも違うし、お前さんもいないし。状況がよくわからなかったんだよ。その三下たちに聞いてもつっけんどんで何も答えないから、らちが明かなくて」 「ああ?」 「だからちょっと誘ってやって、ここがどこなのか聞いてただけだよ。東京で幅を利かせてるっていったって、泥臭い田舎では食ってけなかった野郎どもだ。ちょっとさそったら、犬みてえに腰振ってたぜ。ああそう、お前さん篠山っていうんだね、女衒のくせに結構な出世してるらしいじゃないか」 誰が与えたのか、たばこを取り出して悠々と火をつける。 そのたばこが自分の吸っているものではなかったので、篠山は何とか怒りを落ち着けることができた。平一郎の誘いに乗っていろいろと教えてしまったアホたちは、篠山の持ち物に勝手に手を付けるような真似はしなかったらしい。 「ただねえ、薬くれっていっても誰もくれなかったよ。つまんねえな」 「当たり前だ」 「ね、熊さん。いいことさせてやるからよ、ちょっとばかし薬おくれよ」 篠山の注意など意にも介さない平一郎は、無邪気に熊に声を掛ける。 平一郎に盛っていた下っ端たちをしこたま殴ってきた拳を、平一郎が指先でつうっとなぞる。 「・・・ああ、うう」 「おいやめろ」 「なんだい、ケチだね」 「馬鹿かお前は」 「薬が欲しいんだよ。金なんてないからさ、こうするしかないだろう?それとも、てめえが相手してくれんのかよ?篠山」 平一郎の興味が篠山に移った隙に、熊は顔を真っ赤にして部屋から出ていった。 薬、薬、と口にする平一郎は、本当に中毒者のそれだった。 赤く腫れあがり、切れ長の目の奥がうるんでいた。 瞬きをすれば涙が零れ落ちるのではないだろうか、というほどだ。 「どうなんだよ」 篠山の太ももに、平一郎の足が伸びる。 スーツの上から押し付けられた足の裏は冷たかった。 「てめえも女衒なんだろ?」 下品なほどに白い足はそのまま太ももをゆっくり上へあがってくる。 そして篠山の股間に足裏をあてると、そのままつま先でぐりぐりといやらしくこね回す。 「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ」 「…へえ?」 生意気なその足の動きに、篠山は本気で腹が立った。 その動きが、腰の奥に熱をたぎらせるものだったからだ。 細く白い足首を掴む。 篠山の手の熱さに、平一郎は眉を少ししかめる。 唇は淫靡に笑みを浮かべていた。 平一郎は、篠山が仕込んだどの女や男よりも淫蕩だった。 「この野郎…………」 思い返せば、怒りに任せて平一郎の誘いに乗ってしまった瞬間から、篠山の負けは決まっていたのかもしれない。信じられないぐらいに清潔な酒のような甘い香りのする体を布団に押し倒し、つかんだ足首を持って両足を開かせる。 「はは、んう」 ほんのり色づいた平一郎の唇を吸うころには、まるで恋人のように平一郎の腕が篠山の首に回されていた。 夜半になっても平一郎の嬌声は激しくなるばかりだった。 始まった情事に熊もぼこぼこにされた手下たちも、前を腫らしながらその激しさに息をのんでいた。知らないふりをして妓楼へ行きたかったが、兄貴である篠山に声もかけずに留守にするなどできない。 けれどますます激しくなる情交の音に、誰もが悶々としながら寝入ろうと頑張っていた。 今ならその辺の路地裏の汚い夜鷹にさえ、大枚を払ってしまうかもしれない。 それほどまでに平一郎と篠山の交わりは熱がこもっていた。 それは次郎長親分にお仕置きをされている平一郎をみていた熊でさえ、その交わりの中に甘い何か、まるで触るとやけどでもしてしまうかのような熱く溶けた蜜のようなものを感じ取っていた。 はあ、ああ、という、こらえきれないものを交合で感じ取っている声が、平一郎からも篠山からも漏れる。 がつがつと男を娼婦のようによがらせるそこを突くようにしていた篠山も、今はもう、只一分一秒でも長く平一郎の体を味わうことだけを考えていた。 ぬかるんだそこは、篠山を試したりもてあそぶように蠢いていたというのに、今は何かを語り掛けるように必死で絡みついてきていた。その健気な様子に、篠山の眉間にしわが寄る。 奥をかみしめながら篠山が腰を引く。 「あああ・・・・」 熱い吐息が平一郎から漏れる。壁をなぞり上げながら出ていくその動きに感じ切って、胸から腰に掛けて別の生き物のようにくねらせる。片手を何とか篠山の背中に回してしがみつく。 不安定に起き上がっている平一郎の体を篠山の大きな手が腰から支えていた。 熱のこもった接吻をかわしながら篠山が腰を再び進めると、素直に飲み込む。奥で熱っぽくゆさぶると、また熱い吐息を漏らして片方だけ回された左手が、篠山の背中の椿の入れ墨に爪を立てる。 「はあ、はあ、っあ」 玉のような汗が平一郎から吹き出していた。 そっと髪をかき上げると、勝気な瞳が驚くほど無防備に篠山を見つめる。 胸をかきむしるような思いが、お互いにあった。 なぜだろうか。 言葉には決してしなかったが、いっそ泣いてしまいたかった。 その思いがあふれてしまいそうになるたびに、どちらともなく唇を重ねる。 お前のせいだと言わんばかりに噛みつくその口づけは、なぜかひどくやさしかった。 「はああアッ」 「…ッく」 性急ではなく、けれど容赦なくずっと篠山は腰をふるった。 熱い溜息のような嬌声が平一郎から上がるたびに、ずっとよがらせてやりたいという気持ちが湧き上がってくる。淫乱、とは違うなにか、どうしようもなく熱く切実なものが、平一郎からあふれ出しているような気がした。 絹のような肌だった。 舌を這わせるとまるで酒のような香りがする。 もしかすると酒の味でもするかのようだった。 耳たぶに、あご筋に、うなじ、鎖骨にかみついてしゃぶりつく。 胸の飾りをもてあそぶと、中がぎゅっと締まる。 抱え起こすと、抱き留められるかのように平一郎は素直に篠山の膝の上へきた。 少し浮かせていた腰をゆっくり落としてやると、両手が子供のように篠山の背中に伸びる。 「あん…ッ、ああ、あんッはアッ」 ねっとりと動く篠山の腰に合わせて、平一郎が無意識に良いところへ導いていく。 「ああアッ、ア、ああ、あああ、ひっああっ」 只の射精を目指す性交でも、快感だけをひたむきに追わせるものでもなかった。 一番奥を抱きしめていたかった。 体がびくびくとわななく場所を、周りから刺激する。 押し倒して腰を振りたくってくれれば、簡単に射精できるというのに、そうする気持ちが篠山にないことがその動きだけでわかった。 平一郎はいやだった。 甘く、しびれるような、ぐずぐずとしたものがずっと体を包んでいるからだ。肌をまさぐる篠山の熱い手のひらが、触れる舌が、吐息が、どうしようもなく胸をかき乱した。 優しかった。 篠山のすべてが、たまらないほど優しかった。 怖いほどの切ない感覚に上らされることを、怖がって我儘を口走る。 「もっと、はああっ、あッ、ひどくしっ、ッてえ」 「うるせえ。黙ってろ」 その場所に触れないよう、甘く、しつこく、ゆっくりとずりずりと腰が合わさる。 「ああ、うううっ、ああ、はああ」 ぐずぐずに溶けた平一郎の唇をなぶる。 子犬のように鼻にかかる声が、無意識に平一郎から漏れた。 くちゅくちゅという音が、キスなのか交合からなのかわからないほど、部屋は湿り気を帯びた音に満ちていた。 ほんの少し、荒っぽく腰をゆするだけで平一郎は果ててしまうだろう。 我慢できなくなった平一郎が、自分で腰を振れば簡単に絶頂できた。それくらいぐずぐずに張り詰めていた。 だが篠山はそのたびに少し体を止め、なだめるようにこめかみや頬や唇にキスをした。荒い息が落ち着いてくると、また熱のこもった腰の動きを再開させる。 「ああ!………‥‥…ああっ―――――――――ッ」 やっと平一郎が熱を放させてもらえたのは、朝になろうかといころだった。 ****************** 「・・・・・・・・次郎長親分のほうが、てめえより上手いな」 はあ、はあ、と荒い息を整えながら、平一郎はそんなことを言った。 その様子に篠山はなにもいわず、ただ額に唇をおとした。
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