椿の墜ちるころに7

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椿の墜ちるころに7

「まあ、社長さん!先生も!お客様だわ、場所を変えましょう。このお駒の馴染みの店がありますのよ、行きましょう」 朗々とした声がさっと響く。急に緊張した面持ちになった姉芸者を見て、妹たちもそうだわそうだわと迎合する。 山形という軍人が来ると、宴は早々にお開きとなった。篠山が連れてきた鉄鋼会社の社長は、名義貸しを請け負わせた大学教授とともに別の場所で飲みなおそうと、愉快にはやし立てる芸者たちを引き連れて行ってしまった。 しかしそれは、社長への気遣いではない。 芸者たちはこの宴席の主である染島の機嫌を損ねることを、とても嫌っていたのだ。 篠山はこの染島という男のことはそんなには知らない。 ただ、どの茶屋も一番の芸者たちを染島に回してくる。 染島という男が一体何者なのか、何に気を付けて扱うべきなのか、それだけで十分すぎるほどよくわかった。 騒がしい酔っ払いと芸者たちの嬌声が離れていくと、山形は溜息をついて染島の隣にあぐらを掻いた。 「平一郎、といったね」 肩から背広を掛けた染島は、脇息にもたれかかりながら声を掛ける。 「はい」 「芸妓たちは外させたが、手酌というわけにもいかないのだよ。ささやかだが、山形殿と篠山のために酒宴を開きたい。女将に言って、用意してもらってくれたまえ」 「はい、すぐに」 平一郎は嘘くさい清純そうな笑顔を顔に張り付けて返事をしていた。 大学生としての平一郎はどうもこんな風に猫をかぶっているらしかった。 山形のそばに席を貰った平一郎は、品よく全員に酒杯を用意した。 ただのシャブ狂いではなく、酒宴をよく知った者の振る舞い方だった。 その如才のない様子を山形は認めているらしい。 決して出しゃばらない平一郎の様子を見て、染島もなぜ山形がこの書生を連れているのか納得できたらしい。出ていくように、とは申しつけなかった。 「君はきっと頭がいいのだろうね、平一郎くん。さぞや出世するだろう」 「・・・・山形さまから受けた御恩を、お返しできるよう精進してまいります」 「御恩ね、どんな御恩なのか気になるところだね」 染島のその言い方には少しだけとげのようなものがあった。くっく、とおかしそうに笑う染島を、山形はただ黙ってにらみつけていた。 「近江殿、私は…」 口を開いたかと思えば、すぐに染島にさえぎられる。 近江、と彼のことを呼ぶのは山形だけだった。 「大陸の冷たい土の下に、我々の同胞が待っている。なあ、山形」 「・・・近江殿の考えには納得はいきませんな」 「山形殿が納得せずとも、過激な方々は納得していただいているようだ。満鉄が引き金になってくれるだろう」 「近江殿!」 二人が何の話をしているのか、篠山には理解できなかった。 おそらくそれは平一郎も同じだった。 「篠山、山形殿は何かと厄介ごとを頼まれることの多いお立場だ。ぜひ力になってやってほしい」 山形の話を遮るように、染島は篠山に声を掛けた。 篠山に選択肢などない。 ただ黙って頭を下げた。 「話が速くて助かるよ。戦争の旨味をこれからももっと吸い尽くしたまえ」 「まだ引き返せる。やめるべきです」 「もう決まったことだ。いまさら覆らない。まだまだ戦争は続かねばならないのだよ、山形殿。鉄の棒を振り回していた時代は終わりだ。進まなければ、我々はこの国を失うことになる」 「近江殿ともあろうお方が、このような・・・ッ」 山形の表情にははっきりと苦しみが浮かび上がっていた。 ふと染島を見ると、苦難の表情を見てなぜだか笑みを浮かべていた。 あまりにも満足そうな笑みに、篠山は困惑が隠せなかった。 「山形殿はまだ私を殿様だと思っておいでだな。我々が守るべきものは藩ではなくこの国になったのだよ」 その言葉に山形ははっと染島を見た。 ぐっと何かをこらえるように、目をつむった。 膝の上に置かれた拳が震えている。 「それでも、殿にこのような汚れ仕事を・・・・・ッ。戦の引き金を引かせるなどっ」 「実際にやるのは私ではないのだよ。山形殿のその哀れみは、これから満州で散っていく者たちに向けておあげなさい」 染島の言葉はどこか優しかった。 満州。 その言葉の意味を篠山が知るのはもう少し後だった。 「山形さまは今晩はおいでではないよ」 山形とは軍用物資の横流しをすることになり、篠山が山形の屋敷に足を運ぶことが増えた。 横流しで得た金はどうも、染島が賄賂なりなんなりに使っているらしかった。 真の元締めはあの殿様、近江殿と呼ばれた染島自身であるのは疑いのないことだった。 染島のために小金を造る役割をしている山形は、昔かたぎの人間でかつての藩主の家系だった染島のことを主君ととらえてさえいる。 しかしそれが、ただの敬愛だけにはとどまらないことも、平一郎の様子をみれば明らかだった。 「服を着ろ」 通された部屋に来てみれば、布団にうつぶせて寝たばこをふかせている平一郎がいた。何度も足を運ぶ中で、平一郎が情夫として抱かれていることは明らかだったし、それにしては平一郎へおぼれ込む様子もない。 今まで平一郎が骨抜きにしてきた男たちを知っている篠山にしてみれば、山形はあの平一郎をただの性欲の処理として使っているようにさえ見えた。 平一郎の挑発に乗って何度か抱いたが、その痕跡に気づいていながら山形は篠山に腹を立てる様子もない。 「・・・服なんて、どうせ脱ぐんだ」 髪をかき上げながら身を起こした平一郎を振り返ると、目に毒だとさえ感じるほどの肌がオレンジ色の電灯の明かりにさらされていた。 ぐらぐらと湧き上がってくる熱を腰の奥に感じずにはいられなかった。 そんな篠山の欲望を見透かすように、平一郎は山形の痕跡の残る布団で身をよじる。 「お前、どうして俺と寝る?薬は山形さまからいただいてるんだろう」 「・・・山形さまにはとてもとても好いたお方がいてね。その方への熱を俺で処理されるのさ。中々気分のいいものじゃない」 背広を畳の上に放り投げてネクタイを緩めると、平一郎の白い指が襟に伸びてくる。 「染島さまか・・・」 「あれはバケモンだから、近づくなよ篠山」 「どの口が言ってやがる」 ああ、たまらないな。 平一郎の肌を久しぶりに撫でながら、篠山はその滑らかさにうめき声をあげてしまいそうだった。目を閉じて、手のひらに感じる熱をなぞり上げるように滑らせる。立ち上る香りにさえ、情欲を刺激される。 手ひどく抱かれたのだろう、平一郎はいつもより動きが鈍く、ゆっくりと体を這う篠山の大きな手のひらに慰められるかのように溜息を洩らした。 「近江染島・・・、あれは妖怪かなんかだぜ。息をするように強請るし集るし、汚い仕事なら思いつく限りの汚れ仕事を請け負ってるな、あれは。…っん」 平一郎は耳が弱い。かじるように柔らかくかむと、身を震わせて喜んでいた。山形にわかるように、肌に後をつける。自分のものだと証明するように印を刻むたびに、冷たい平一郎の体は喜ぶように震えた。けれど、そんなことでこの男が手に入らないことはもう十分に分かっていたし、山形がこんなことで平一郎を手放したりしないことも思い知っていた。 触れたところがないというほどに、篠山は平一郎の体を官能を引き出すように撫でた。手で、唇で、舌で愛撫し、つつましい陰茎が立ちあがって涙をこぼすまで、決して直接触れずにもてあそんだ。 「はあっ、ああ」 しっかりと快楽の炎を身にくすぶらせた平一郎のあついそこを口に含んでやると、素直に反応する。咥内の暖かさと湿り気と刺激に、平一郎が身をよじる。びくびくと震える中のものから、感じていることを確かめて暗い歓びを感じていた。 後ろは当然のようにほぐれていて、さっきまで誰を咥え込んでいたのかよくわかる。 なんども果てる体力は平一郎にはなさそうだったので、口から解放してやってベルトを緩めようとすると足が顔に飛んできた。 「なにすんだ、てめえ」 「こっちのセリフだ、っはあ、最後まで、しゃぶれよ」 平一郎とは初めて体を重ねたときから堪忍袋の紐が何度も切れている。 ぶち、という音がたしかに篠山には聞こえていた。 「調子にのるなよ」 山形と同じように、平一郎もまた篠山をちょうどいい肉欲のはけ口のように扱おうとしているさまに、篠山もさすがに腹が立つ。 なんだって自分はこんな奴に執着してしまっているのか、という気にさえなる。 それと同時に、体を気遣ってやったことを何一つわかっていない平一郎へのいら立ちがこみあげてくる。病人のくせに、生意気なことを。そんな思いが湧き上がってくる。 「ああ、っくああ!はあっ、ああん」 熱くぬかるんだそこに自分のものを当てがうと、一気に奥まで腰を進みいれた。熱く湿った中が、抱擁するように包み込んでくる。背中が泡立つほどの快感を感じ、篠山もぐっと力がこもる。 「やだ、奥はっ」 平一郎は優しく抱かれるのが嫌いだ。 わかりやすい快感を好んでいる。 篠山はただ、平一郎に後ろの絶頂に上らせるためだけに抱くことに決めた。ぐずぐずとして深く堕ちるような快楽に哭けばいいと思った。 どれだけ嫌だと口で言っても、入れてしまえば平一郎に拒否権などない。さんざん泣いて暴れても、篠山に征服されることは変わらないのだ。 篠山は褥の中だけで得られる勝利に、自分自身をあざ笑うかのような笑みを漏らした。 「あ・・・・ッ」 ゆっくりと篠山が腰をゆする。性急な出し入れはせず、唇を重ね、ついばみながら腰だけで奥をとん、とんと優しくつく。 「ん、っつ…あっ……」 平一郎の細く白い指に武骨な己の指を絡ませ、ぎゅっと握りしめて布団に縫い付ける。篠山の体重で身動きがほとんどとれなくなった平一郎は、これから長い時間をかけて自分が登らされる絶頂を想って思わずぎゅっと締め付けた。 しかしそれも、篠山は押しのけてさらに奥へ、ゆっくり、やさしく、なんども触れては引いていく。 身をよじることも叫びだすこともできず、唯一締め付けることでしか反抗できない態勢に持ち込まれて平一郎は観念するしかなかった。 「染島さまにも抱かれたのか」 耳朶をはみながら、篠山が尋ねる。 はあ、と喘ぎ声とため息を漏らしながら、篠山の腰つきにびくびくと体をはねさせながら平一郎はもがく。 「あっ、もっ、とんとん、ああ、動いてくれよ、もっと、あっ」 「答えろ」 「抱かれてっ、ないっ。あいつはっ、女っしか抱かねえ」 「本当か」 「ほんっ、あッ、あッ、あッ、あ、ああ、あ、あ」 「本当か」 「あんッ、アッ、ああ、ああほん、とうっだっ、はあ、ああっ、あっあっ」 とまらない篠山の熱い打ち込むものに、平一郎は息を乱す。 女しか抱かない男への愛情をこじらせた山形は、どうやって平一郎を抱くのだろうか。 右腕の注射痕がふと目に入る。 濃くなっている。 腹立たしさから、篠山動きはより深くなっていった。 「ああああっ」 ぐちゅぐちゅという湿った下品な音が室内に響く。 深いところで、わななく肉をもてあそぶ。 けっして激しくない動き、出ていかずそこでとどまるように小刻みにうごかされるそれに、平一郎は涙を流しながら喘ぐしかできなかった。 泥の中から、いったいどこへ手を伸ばそうとしているのか。何か平一郎が文句を間に挟んでいたが、篠山はもう平一郎の体を快楽の中に叩き込むことしか頭になかった。 諦めの悪いこの麗人を、只のみっともない情夫にかえることができる喜びにとりつかれている自分がいる。そうやって尋問ともいえる質問を時折繰り返しながら、決して腰を休めることはなく、決定的な快感を与えられないまま、限界を迎えた平一郎の体が大きく震える。 「はあっ…………あああーっ………………………………………ッ」 膨らみ続けた快感の風船が、体の震えとともに中で触れた篠山のものを感じ取って、はじける。 髪をかき上げるようにして撫でて、まるで恋人にするようにキスを交わした。 深い絶頂に落された平一郎は、ほとんど意識を手放していて、篠山はさらに喜びを深めていった。 「俺のものになれ、平一郎……」
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