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要塞都市
傭兵仲間に紹介されてやってきたヒエの国は、要塞のような街だった。
街道の要所にあるため資材が集まりやすく、市街には様々な工房がひしめき合っている。いきおい競争力が高く、腕利きの職人が集まりやすい。装備を新調するには最適だという。武器、防具屋以外にも、生活必需品から美術品商い、染色工房から木工工房、鍛冶屋と、何でもあり、店を冷やかすだけでも興味深い。
目的の工房を探しながら、路地から路地へと移動していると、若い女の叫び声が耳に入った。
「どろぼー! 誰かそいつを捕まえて!」
声のした先の路地へ目をやると、小脇に何か抱えた男が飛び出してきた。
あいつが泥棒か! と駆けだした時、泥棒の足に何かが当たってよろめいたのが見えた。すかさず腰に飛びついて身を確保する。周りの工房や店からも、人がわらわらと飛び出してきた。
泥棒の足に当たったものは……柄杓?
「兄ちゃん、ありがとうな!」
ねじり鉢巻きをした鍛冶屋と思しき男が、金槌を片手に私に礼を言った。他の職人連中が、私が捕まえた賊の覆面を解いて、口々に罵り始めた。
「ってめ、他所モンだな? クチナシ姐さんとこから盗みを働くとはふてぇ野郎だ!」
「引っ立てて警邏ンとこに連れてってやる!」
「どうなるか覚えてやがれ!」
年若い職人数人が、賊を両側から抱えるようにして立ち上がらせ、小脇に抱えていた袋を取り上げる。
その時、人垣の向こうから若い女の声がした。
「皆さん、どうもありがとうございます」
「おう! いいってことよ!」
袋を返した職人の向こう側に、人影がなく、戸惑う。
と、
「お兄さんも、ありがとうございました。……そこの柄杓、とってください」
思ったよりも下の方から声がした。ふと見ると、地面に横座りしている若い女がいた。私の手から柄杓を受け取ると、腰ひもに柄を刺してくるりと向きを変え、居ざって来た方向へ戻り始めた。他の職人たちも、何事もなかったようにそれぞれの持ち場へ戻っていく。
地べたをずるずると這っていく若い娘の様子に仰天した私は、慌てて娘の後を追った。
「店はどこだ? 送ろう」
失礼、とつぶやいて、娘の身体を抱え上げた。思ったより上半身ががっちりしている。そして、娘の左足の膝から下は、無かった。
娘は驚いて顔を赤くすると、戸惑いがちに路地の奥を指さした。
「あ? ああ……すみません。そこの先のクチナシの実の絵看板を下げた工房です」
娘が投げた柄杓は、店先の足洗用の水盤に載せていたものだった。店先から路地の先まで結構な距離がある。この距離で賊の足を狙って過たず当てたのだとしたら、見事な投擲力だ。
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