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「それにしても女衒とは、穏やかでないな」
「大国になっちまったアワの国はともかく、最近、小国同士のいざこざや内乱が絶えないからね。路頭に迷った高貴筋の婦人をかどわかして、金持ち相手に売る輩がいるんだよ。傷ものだろうが何だろうが、構いやしない。要は所有して貶めることに劣情を感じるようなクズどもだ」
「でも、この街には警邏がいるのだろう?」
私の問いに、モクランは鼻で笑った。
「警邏の連中は、自分らの富がかすめ取られることに対しては敏感だけど、それ以外のことはからっきしさ。特に、この街に大量のお金を落とす武器商人は女衒の客筋だから見て見ぬふりを決め込んでいる。この件については役にたちゃしない」
「……女衒って、もしかして……」
先ほど見かけた男の人相風体を話すと、モクランは、ああ、そいつだ、と頷いた。
「鍛冶屋のおかみが教えてくれたのさ。しばらく、あたしはこっちにいるとするよ」
「え? 先々代のお世話は?」
「ああ、大丈夫だ。今は状態が落ち着いてる。昔からの知り合いに話は付けてきた。あんたの手当てもした衛生兵上がりだ」
どうやらモクランは、先々代の店主の介護のために、引退して店をヤマバトに譲ったらしい。
モクランは店の中を見回した。
「今受けてる仕事はどんなもんだい?」
「肩装備が二件と、小手と……あと、こちらの方のフル装備です」
「ん。手伝うよ。どこからやろうか?」
ヤマバトが採寸をもとに防具の型紙を作っている間、モクランは小手に金具を付ける作業に入った。
こちらが、ユリの国に縁のあるもので、今は傭兵として国を渡り歩いていると明かすと、モクランは作業の合間にぽつりぽつりとヒエの国に来る経緯を語った。
撤退中の事故で左足をつぶされたヤマバトを、モクランが旧知の軍医を頼ってキビの国へ連れて行ったらしい。医療費を稼ぐために、モクランがヒエの国へ来て防具屋で働き、国を行き来しながら数年過ごしていたが、ある時ヤマバトがキビの政争のネタにされそうになったのを機に、ヒエの国に連れてきて自分の下で働かせることにしたのだそうだ。
「ほんと、高貴の血とやらは面倒くさいね。そこに居るだけなのに謀りごとに巻き込まれる」
モクランは言葉こそ迷惑がっていたが、状況を楽しんでいるようだった。
「それにしても、何故ここまで尽くすのだ?」
「そりゃ、ネムの国にいる時によくしてもらったからさ」
明るく返すモクランの後ろで、製図作業をしていたヤマバトが顔を上げて困惑の表情を浮かべた。
未来に何も期待していないかに思える姫君が、今一自棄になり切れないのは、モクランの所為なのかもしれない。守るものがある、生きる支えがあることは、正直羨ましい。
「あんまり色々話さないで。恥ずかしいから……」
ヤマバトが咎めると、モクランは目を見開いて振り返った。
「あれ? この人、あんたのこれじゃないのかい?」
左手の小指を立てる。ヤマバトは真っ赤になった。
「違うの! お客様なだけなの!」
「だって、あんた、さっき、この人は大丈夫って言うからさぁ」
「え……あ、だって……それは……」
モジモジしているヤマバトに、モクランはため息をついた。
「育ちがいいと人が良すぎるのがいけないね。こうなったら一蓮托生だ。お前さんもここまで聞いたからには、迂闊なことをするんじゃないよ」
私は苦笑で返した。私が一体、何のために何をするというのか……。
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