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娘の店は防具屋だった。カウンターの奥に、革裁断用の広いテーブルと縫製などを行う作業台がある。作業台の椅子に、娘をそっと下ろした。
「すみません。もう少ししたら、他の職人も来ますから。……店を開ける作業をしている最中に賊が入ってきて売上金を持って行ってしまったんです。捕まえてくださって、本当にありがとうございました。……あの、お急ぎで無かったら少し休んでいってください」
娘は立ち上がると、持っていた売上金の入った袋を作業台の下に押し込み、テーブルに手をついて移動しながら奥の水場へ移動した。
やがて、白湯の入ったカップを片手に戻ってくる。
「……退役兵か?」
カップを受け取りながらつぶやくと、娘は首をすくめた。
「あら、やっぱりわかります?」
「まぁな。私の名は、クロベニという」
「わたしは、ヤマバト。クチナシは屋号です。ここでは屋号で呼び合うので、職人たちの間ではクチナシ姐さんで通ってます。……以前は、射手をしていました」
「店は、長いのか?」
「まぁ、わたしは五、六年くらいですかね。店を任されたのは昨年から。うちは代々退役兵が継いでいるんです」
「ここで商っているのは革製の防具か?」
「下着も含めて装備全般やってますよ。基本『誂え品』を扱ってます。この工房で作っているのは革製ですが、鋼の防具をお望みなら、引きのある鍛冶屋を紹介できます。あ、ここで作れる品の見本、見ますか?」
ヤマバトは私の手を見てから作業台の下に屈みこむと、革製の手袋を出した。
「縫製の腕を見てもらうための見本なんですけど、ちょっとはめてみてください。サイズはそれであってると思いますから」
一見普通の鹿皮の手袋に見えた。が、手にはめてみると、革が肌に吸い付くようにぴたりとはまった。手を握ったり開いたりしても引き連れたりせず動かしやすい。
「ほう……これは、素晴らしい。染も対応できるのか?」
「ありがとうございます。お望みでしたら、もう少し暗い色にも染められますよ」
「では一双……と思ったが、誂えだったな」
私は苦笑いした。今はあいにく、衝動買いするほどの持ち合わせは無い。ヤマバトも、ククッと含み笑いをした。
「ここでいきなり商談成立だなんて、思っていませんよ。縫製の出来に一目置いてもらえたのでしたら、今後、是非御贔屓に。今日はお背中のものの用事でこの国へ来られたのでしょうから……」
背中に斜め掛けにしている大剣。布でしっかり覆ってはいるが誰が見ても中身はバレバレだ。
「ああ、そうだ。……カリヤスという細工職人を紹介されてな」
「繊細な意匠がお好みなのですね。カリヤス殿なら、先ほどの路地を二つ奥に行った路地沿いに工房をかまえています。最近、頭角を現した腕のよい職人ですね。彼が施す草木文様の細工物はわたしも好きです」
無骨な職人街には似合わない、ヤマバトの丁寧で穏やかな口調に些か違和感を覚えた。だが、初対面で指摘するのは不躾のような気がして、胸の奥にとどめることにした。
「人心地着いた。ありがとう」
私は席を立った。
「縫製の技、なかなか見事だ。そのうち防具も新調しようかと思っていたところだ。いずれまた来よう」
「またお会いできることを祈っております」
ヤマバトは優しく微笑んだ。
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