要塞都市

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 教えてもらった通りに路地を行くと、カリヤスの工房はすぐに見つかった。鮮やかな黄色地のススキの絵看板を掲げていた。  敷居を跨ぎ、(おとの)うと、奥からがっちりした体格の小男が出てきた。紹介した傭兵仲間の名前を言い、背負った大剣を下ろす。 「これに、ユリノキの意匠の鞘を付けて欲しいのだ」 「……ユリノキ」  カリヤスは大剣の柄をなでた。人見知りで仕事関係以外では無口な男だと聞いていた。 「……蓮華木(れんげぼく)のことか」 「ああ、そうとも言うらしいな」 「ちょっと待っておけ」  カリヤスは奥へ引っ込むと、分厚い紙束を持ってきた。 「国章、紋章の見本だ。俺が見たことのあるものを書き留めてある。この中に似たものがあるか見てくれ」 「……さて、あるかな?」  私は力なく笑った。  ユリノキの紋章は、実は大分古いものだ。文字順にまとめているらしいページを繰る。それは、「ゆ」のページには無かった。カリヤスの言葉を思い出し、「れ」のページを繰って、ハッと目を見開いた。それは「れんげぼく」の名で書き記してあった。 「ああ、やはりな。以前、中古武器屋で新しい意匠を集めていた時目に留まったものだ。それは『ユリノキ』の紋章だったのだな」  書き直しておこう、とカリヤスはつぶやいた。 「で、意匠のイメージはあるか? 全体に施すか? 一部にするか?」  紙を取り出し、木炭でサラサラと大剣のスケッチをすると、鞘のデザインを描き始めた。 「あまり五月蠅くない程度に全体に花を散らすようにはできないか?」 「ふむ」  カリヤスは一度手を止め、大剣の全体を眺めた。 「柄もやっていいか?」 「……そこまで予算があるかどうか」  私は正直に手持ちを打ち明けた。それを聞いて、カリヤスは眉根を寄せた。 「そんなに取るつもりはない。貴殿を紹介した者は刀身からの誂えであったからそれなりの値になったのだ。ガワだけならそんなにいらん。いつまでに仕上げればよいか?」 「初冬には戦が始まるので、それまでに」 「ふむ。今抱えている仕事はさほど急ぎではない。これのみにかかれば二週間ほどだな。柄は明後日までにできるから、直ぐに取りに来い」 「そんなに早く?」 「丸腰で戦の知らせを待つ期間は短い方がよかろう」  旅程も含めて一月は休暇を貰ってしまっていた。まあいい。適当な骨休め期間ができたと思おう。カリヤスに代金を払うと、思った以上に予算が浮いていた。この分なら宿代も浮きそうだ。  とりあえず、スリやかっぱらいが横行するようなこの街で、金を持ったままうろつくのは得策ではない。一旦、宿に引き上げよう。
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