隻脚の防具職人

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隻脚の防具職人

 翌日、再び職人街に足を運んだ。  ヤマバトの店は確かこの辺……と思い路地を辿る。クチナシの絵看板を見つけて訪うと、年配の女が出てきた。 「昨日、店主と話した。注文を取り付けたいのだが」  年配の女は、クチナシ姐さんはいま革の仕込みに行っている、と言った。仕込みが終わるまで店には帰ってこないらしい。 「クチナシ姐さんと直接話を付けたいのであれば、職人街のはずれの川辺に行くといい。用水路沿いに行けばじきにたどり着く。……まぁ、何せひどい臭いがするからねぇ。きっと臭いで解るよ」  女に言われたとおりに用水路沿いに街中を歩いていく。  建物がまばらになった頃に、風にのって濡れた獣のような臭いが漂ってきた。用水路が要塞の城壁の向こうに消える際のところに屋根のついた簡素な作業小屋があり、大きな釜を炊いているヤマバトの姿が見えた。確かにきつい臭いがする。が、その臭いに混じって別の匂いを感じて、眉をひそめた。これは……。 「ああ、昨日の……クロベニさん?」  ヤマバトは私の姿を認めて、手を振った。足の高い椅子に腰を預けるように腰かけて身体を支えている。大釜の中では革が煮込まれていた。背後には作業台。使い込んだ松葉づえが立てかけてある。 「今ね、蝋で革を煮込んでいるんですよ。こうすると、強度が高まるので……。煮しめたら、薄く伸ばしたプレートに貼り付けて叩いて、また貼り付けて、を繰り返していくんです。同じ強度を出すのにはプレートのみより軽く、プレートが挟み込んである分、革のみより硬い。希望があれば鋲を入れ込みます。注文が来ている分今日中に煮てしまいたいので、私の手がすくまでには、まだまだ時間がかかりますよ」  口調は昨日と変わらないようだったが、些か目元がとろんとして酔っているように見える。 「……痛む、のか?」  ヤマバトの口元から笑みが消えた。作業台に振り返り、隅に置いていた長煙管を取り上げる。一服吸い込んでから煙を細く吐き出した。 「痛むはずはないのですがね……」  足元に視線を落とす。欠損して、無いはずの四肢が痛む、いわゆる幻肢痛だ。ヤマバトは麻薬で痛みを誤魔化していた。 「調合してもらっているので、幻覚作用はありません。ちょっと、気持ちよく酔っぱらう程度です。……完全に痛みを誤魔化せるわけではありませんが、仕事ができるくらいには……いくらかマシになります」 「でも、そのままでは体を壊すぞ」 「御心配は痛み入りますが、正直、先のことは、どうでもいいんです」  ヤマバトは、投げやりに答えた。 「防具屋なんて、この街には、わたし以外にもたくさんあります。わたしは……当面生きる糧を得られるなら、それでいいんです」 
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