隻脚の防具職人

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 大釜に棒を突っ込み、革を引き上げる。湯気の立ったそれを一旦網の上に載せ、厚手の皮手袋をはめた手で肩当てと思しきプレートに貼りつける。蝋が冷めないうちに、金型の上にプレートを載せて槌で叩きつけるように圧着していく。歯を食いしばっているのは、槌の重さからだけではあるまい。 「それならば、もう少し永らえてくれ。金を用意した。防具を新調しようと思ってな。昨日無事、大剣の意匠の注文をすませたが、思いのほかお手頃価格でな、予算が大幅に余ったのだ」 「それは良かったです。明日、出直してくだされば採寸いたしますよ」  ヤマバトは作業の手を休めることなく言った。次のプレートに取り掛かっている。 「……それにしても、これだけの荷物、店からどうやって運んできたんだ?」  作業小屋に積んである裁断済みの革とむき出しのプレートを見て訊いた。 「ああ、あの小路の職人さんたちに声を掛けると、手のすいている方が荷車でここまで持ってきてくれるんです。日が傾くころにはまた、迎えに来てくれます。店番をしていたのは、お隣のおかみさんですよ。みなさん、とても親切にしてくださいます。先代の姐さんがとてもよくしてくださって、みなさんにも話をつけてくださって……」  こんなに周囲の皆に世話になっているというのに、本人は先の人生を投げている。いや、それは自分も同じことだ。もう、何のために生きているのか分からなくなっていた。このままでは自らに課した一線を越えてしまいそうになる。  思い出せ。自分を!   今は亡き故国の紋章を大剣に刻もうと思い立ったのは、ややもすると落ちていきそうになる自分を律するためであった。もう、守るものもない。ただ生きながらえるために、自分に出来ることをするのみ。信条も大儀も「雇われ」という身分を盾に考えることもせず、ただ、流されていく。楽ではあった。だが、それでよいのか? と。  明日には、大剣の柄に施す意匠が出来上がるはずだった。また、出直せばよい。 「そうか。職人たちは皆優しいのだな。……今日は邪魔をしたな。また明日くる」 「はい。お待ちしております」  ヤマバトはニッコリと微笑んだ。  宿に戻る道すがら、職人街には似つかわしくない雰囲気の優男風とすれ違った。商人か? しばし離れてから振り返る。優男は、辻に立ってキョロキョロと辺りを見回し、また歩き出した。店を探しているのか? でも、ここ近辺は荒物や鍛冶などの工房が集まる界隈で、チャラチャラした風体の商人が出入りするような場所ではなさそうだが。 違和感は大事にするべきだ。要注意人物として人相をインプットしておく。
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