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ユリノキとネムノキ
次の日、カリヤスの工房に顔を出すと、刀身を布で覆った大剣が回収を待っていた。柄の部分には、木肌を模した意匠が施されている。これは……と思い、刀身を覆った布を寄せると刀身の柄近くから刃に向かって枝が分かれていた。なるほど。
「ユリノキの枝か」
私はどうやら、戦場には不釣り合いな、優しい意匠を背負うことになるらしい。
「意図が解ってもらえてよかった。……甘い、よい香りのする花だったな」
「ああ。故郷の香りだ。鞘の出来上がりが楽しみだな」
「うむ。仕上がるころにまた来てくれ」
大剣を背負って工房を出た。路地を出ると、昨日見かけた優男とばったり出くわしてしまった。向こうが慌てて目をそらす。何なんだ?
「……何か、探し物か?」
「……」
訝しんで声を掛けたが、相手は無言で立ち去った。気味の悪い奴だ。
そのままその足でヤマバトの工房に顔を出す。今日は作業台で防具の縁の処理をしているところだった。
「あ、いらしてくださったんですね。ちょっと待っててください。ここの作業だけ終わらせます」
私はカウンターに寄せてある椅子に腰かけると、ヤマバトの手元を眺めながら作業の終わりを待った。
硬い革に目打ちで均等に穴を開け、上下から糸を通し一針一針締めるように縫い合わせていく。縁をぐるりと縫い終わったら、その縫い目を隠すように薄い金属プレートではさみ、槌で叩いて〆ていく。実に丁寧な仕事だった。
「見てて、面白いですか?」
「うむ。手際が良いな」
「まぁ、見惚れてもらえる手際ってことは、大分上達してきたってことですね。自分としては、まだまだなんですが。さて、終わりました」
ヤマバトは立ち上がると、私に天幕の陰に入るように促した。
天幕の陰に入ると、私は無造作に着衣を脱いだ。
「……兵になってから、長いのですね。防具は、どこを注文なさいます?」
リボン状の布尺を片手に天幕の内に入ってきたヤマバトは、私の傷跡だらけの身体を眺めて言った。
「フル装備だとどれくらいかかる?」
「先代に鎧下を手伝ってもらえれば、早くて三週間くらいでしょうか」
「手持ちは、これくらいなのだが……」
指で金額を示すと、ヤマバトは頷いた。
「それだけあれば結構です。鋲は入れますか? 色は?」
「肩、腕と、足の外側に。色は黒一色で」
「黒に染めた革……在庫在りますね。大丈夫です。他にご希望は?」
採寸した値をメモしながら、ヤマバトは淡々と質問する。
「左胸の内側に、ユリノキの花の紋章を入れてもらいたい」
ヤマバトの手が止まった。
「ユリの国の方……なのですか」
「!」
今度はこちらが動きを止める番だった。
「わたし……ネムの国の者です」
ヤマバトは困惑した顔でこちらを見上げていた。
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