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自分は……どういう顔をしていたのかわからない。
もう、遙かに昔のことだ。彼女には何の責任もない。
ネムの国はユリの国の西側の隣国で、戦乱前にはそれなりに国交が盛んであった。戦乱期には一時同盟を結んで不戦協定を誓い合った仲であったが、ユリの国の東にある大河交易を羨んだネムの国のある国主によって、その誓いは破られた。
我が弟が一枚かんだ、あの戦だ。
結果、ユリの国が勝利した。そもそもユリの国は北方を「雷獣の巣」に、西方をネムの国に、東方を大河に囲まれ、大河の彼岸には黄の国が控えている、いわば国境の国である。ネムの国とはなるべく良好な関係を築いておくに越したことは無い。だが、弟は当時の国主に進言して、禍根を残す戦後処理をした。弟としては見せしめ的なことをしたかったのだろうが、それはやりすぎだった。
私が国を出た後も、両国は何度も諍いを繰り返し、どんどん険悪な関係に陥っていたようだった。
「ネムの国が対岸のキビの国と同盟を組んで、ユリの国を滅ぼしたのは、もう随分と昔の話だ。その方が罪悪感を覚えるようなことではない。……それに、ネムの国も最近、内乱で崩壊したのだろう?」
ヤマバトは下唇を噛んで頷いた。
大河を挟んだ此処ヒエの国まで、どのような伝手があって来たのかはわからないが、戦で大怪我をしての逃避行は筆舌に尽くしがたいものがあったであろう。
その時、工房の入口の戸が開き、亜麻色の髪を結い上げた女が顔を出した。
「ヤマバト、いるかい!」
「あ、モクラン姐さん……」
ヤマバトが言うと、モクランと呼ばれた女は後ろ手に戸を閉めて作業台までやってきた。
「あの、えと、先代のクチナシ姐さんです」
ヤマバトの紹介に、モクランはこちらに軽く会釈をした。浅黒く日に焼けた逞しい体つきをしている。
モクランはヤマバトに向き直ると、ちょっと奥へ……と言ったが、ヤマバトは首を振って私をチラリと見ると、この人は大丈夫だから、と話を促した。モクランは訝し気に私を見上げ、一瞬視線を泳がせたが、意を決して口を開いた。
「ヤマバト、しばらく出ないほうがいい。王族狩りの女衒が来てる」
「……王族狩り?」
私はヤマバトとモクランを交互に見た。ということは……。
「ヤマバトは、先のネムの国の国主の娘さ。あたしはもともとキビの国にいて、キビの兵役が明けてネムの軍に再就職したんだ。あたしみたいな年増や、国主の姫様が文字通り矢面に立たなくてはならないような国だったんだよ。内乱の理由も解るってもんだろうさ」
ああ、それでか。……ヤマバトの丁寧でどことなく優雅な物腰の理由を理解した。
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